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小倉まちなかコラム

旦過市場の郷土の味・ぬかだきを未来につなぐ若き二代目【ぬかだき橘屋】

新鮮な青魚をぬか味噌で炊いた「ぬかだき」は、江戸時代から続く小倉の郷土料理。 “北九州の台所”と呼ばれる旦過市場には、数店のぬかだきの専門店がありますが、最初にぬかだきを提供し始めたのが、今回紹介するぬかだき橘屋
です。店頭には定番のイワシやサバのほか、タケノコや手羽先、変わり種のクジラのぬかだきが並びます。優しい味わいと懐かしい風味が白ごはんにぴったりな橘屋のぬかだき、今夜のおかずにいかがですか?

祖母がつくるぬかだきの味を、父から受け継ぐ

▲かたちのいい、脂の乗ったイワシやサバは見るからにおいしそう
▲かたちのいい、脂の乗ったイワシやサバは見るからにおいしそう

ぬかだき橘屋は、現在二代目店主を務める橘 逸仁(はやと)さんの父・英行さんが1987(昭和62)年に創業したのがはじまり。

「はじめの1〜2年はお惣菜や揚げ物、イカの塩辛などを売っていたと聞いていますが、その後、ぬかだきを店で出し始め、それがメインになっていったようです。その頃は旦過市場でぬかだきを出している店がなかったものだからよく売れて、ほかのお店の方が教えて欲しいと言ってくるほどだったとか。そうして市場の中でぬかだきが広まっていったようです」

今でこそ旦過市場の名物のひとつとも言えるぬかだきですが、市場で販売され始めたのは30数年前からだということになります。イメージ的には、江戸時代から小倉城下で愛されたぬかだきは古くから旦過市場の味として親しまれてきたのかと思いきや、思いのほかその販売の歴史は長くないことに驚きました。

「僕の想像ですけど、昔は各家庭にぬか床があったから、ぬかだきも家でつくるもので、外で買う習慣がなかったんじゃないでしょうか。時代とともに家庭からぬか床がなくなって『懐かしい味』として店で販売され、喜ばれるようになったんじゃないかな」と橘さん。

▲ぬか漬けやぬかだきにチャレンジしたい人のために、ぬか床の販売もしている
▲ぬか漬けやぬかだきにチャレンジしたい人のために、ぬか床の販売もしている

そもそも橘屋のぬかだきのルーツも、一緒に暮らしていた祖母が食卓に出していたぬかだきなのだそう。その味を橘さんの父親が独自に改良し、マイルドに仕上げたのが今の橘屋の味となっています。

ぬかだきの品揃えはイワシとサバがノーマルと辛口の2種、そのほかにタケノコ、こんにゃく、手羽先。そして2年ほど前から始めた鯨のぬかだきとしぐれ煮は旦過でも珍しいと評判を呼んでいます。

▲鯨のぬかだきとしぐれ煮は、ぬかだき橘屋でしか食べられない幻の味
▲鯨のぬかだきとしぐれ煮は、ぬかだき橘屋でしか食べられない幻の味


「旦過市場にも以前は鯨を扱う店があったんですけどね。父親の親しかった鮮魚店の方が『もういちど鯨を食べる文化を広めたい』と相談に来られて、ぬかだきと、生姜で炊いたしぐれ煮を出し始めました。『懐かしいね』と言って買ってくださる方もいますし、鯨を食べたことのない若い方には試食をしてもらって『おいしい』と買っていただくことも多い商品です」

悔いのない人生のために――。看護師からの大転身

▲転職は一大決心だったが「妻が背中を押してくれました」
▲転職は一大決心だったが「妻が背中を押してくれました」

両親が営んできたこの店を橘さんが継いだのは2年ほど前。それまでは看護師として働いており、まったくの異業種からの転身でした。いのちと隣り合わせの現場で10年ほど勤めた経験から「人生、いつ何があるかわからない。後悔しない人生をおくりたい」と常々感じていたことが、新たなチャレンジへの後押しになったといいます。

「旦過市場の再整備が進んでいくと、いずれうちの店も動かないといけません。父は少し体調を崩していたこともあって、再開発の時には店を閉じるつもりでいたんです。そのことを知って僕は真っ先に、もったいないと感じたし、やっぱり父が元気なうちに父の仕事を教えてもらいたいと思いました。父には看護師という安定した職を手放すことを止められたし、『作り方はお母さんに教えてあるから(今すぐに継がなくても)』とも言われましたけど、やっぱり僕は、父から直接教わりたかったんですよね」

朝早くから夜遅くまで店で働いている父親の姿をずっと見てきた橘さん。後を継いでみて、この店で家族を支えてきてくれた父親のことを「改めてすごいと感じる」と話します。

「それに父は若い頃は祇園太鼓も叩いていたり、旦過市場の役員をやっていたり、とにかくお店と旦過市場が大好きな人なんです。だから僕が継いだ今も日曜日だけは父と母に店を見てもらっています。それ以外の日は基本的に妻と協力して切り盛りしています」

祖母から父へと受け継がれたぬかだきの味を受け継ぐことと同時に、父親にとって大切な場所を守ることもまた、橘さんがやりたいことだったのではないでしょうか。

「父につくり方を教わって、『これで大丈夫』とは言ってもらっていますけど、僕自身はまだ、父のぬかだきの色や味には敵わないと思っているんです。同じ材料、同じ分量、同じ調味料なのに同じものができないことを最初は気にしていたんですけど、それでもお客さんが『おいしかったよ』と言ってくれるので、僕はこの味で頑張るしかないし、できる限り父の味を守るよう努力をしたいと思うようになりました。

橘屋のぬかだきは、山椒を効かせた少し甘めの優しい味わいが特徴。脂の乗ったかたちのいいイワシやサバはふんわりと柔らかで、凝縮された魚の旨みとクセのないぬかの風味とがちょうどいいバランスです。小さな子連れのお母さんが買って帰る姿にも納得です。

骨まで食べられるように仕上げるには、ゆっくりじっくり熱を通すことがポイントで、タレのとろみ具合を見ながら焦がさないように火加減を調節しながら3〜4時間炊いていきます。

橘さん自身は、父親の味にはまだ追いつけていないと話しますが、その違いはほかの人には気付けないほど微細な違いなのだそう。わずか2年でそこまでたどり着いたのは、しっかりと父親の背中を見続けてきた証でしょう。

ぬかだきという食文化をつなげていくために

両親の背中を見て育ち、郷土の味を守っていく道を選んだ橘さんは、ぬかだきという食文化を広く伝えていくために、さまざまな活動を始めています。

市内の小学校での食育授業もその活動のひとつ。ぬかだきの歴史の話からはじめて、最後は調理室でのぬかだきづくり体験・試食などを行っています。

「最近は魚嫌いの子どもも多いので、タケノコやこんにゃくを使ったぬかだき作りを体験してもらっています。やっぱり好き嫌いは分かれますけど、『おいしい』と言って食べてくれる子も多くてうれしいですね。小さな活動ですけど、これが北九州の郷土料理を文化として次の世代に残していくきっかけになればいいなと思っています」

また、昨年は「ぬかだきバーガー」をイベントで販売したそう。揚げたぬかだきをはさんだバーガーは、「食べてもらえればおいしいと喜んでもらえるけど、やっぱり抵抗があるみたいで、すんなり受け入れてはもらいにくかったですね」と橘さん。

今年は地元の高校生たちと一緒に新たな商品開発にチャレンジする予定だといいます。

「食育教室やイベント出展もそうですが、とにかくまだまだ知名度の低いぬかだきを広めていかないといけないと思っています。僕が店に入ってから、ホームページやSNSでの情報発信、ネット通販やふるさと納税なども始めました。旦過市場の店に来られなくても、橘屋のぬかだきを食べたいときに食べられるようにして、ぬかだきをもっと身近な食べ物にしたい。ギフト用のパッケージやメッセージカードも準備したら、今年は父の日のプレゼントでのご注文をたくさんいただきました」

ぬかだきが発酵食品として注目されたり、北九州の郷土料理と言われても、その知名度は全国どころか、県内でも低いのが実情だと橘さんは考えています。

「それはやっぱりもったいない。僕らの力ですこしでもこの食文化を広めて、残していかないと行けないと思っていて、そのためにできることは積極的にやっていこうと決めています」

伝統の味であり、誇るべき地元の食文化であるぬかだき。それを絶やすことなくつないでいくためにはまず、北九州市民がもっとぬかだきを食べて盛り上げていくことも必要な気がします。

「ぬかだきを通じて過去と未来の食文化をつないでいきたい」
ぬかだき橘屋  橘 逸仁

ぬかだき橘屋
北九州市小倉北区魚町4-1-15
TEL:093- 531-1027
営業時間:9:00〜17:00
定休日:不定休
SNS:InstagramX


取材・文/写真:岩井紀子

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