JR小倉駅から徒歩7分、小倉井筒屋のそばに店を構える手芸専門店ナカノテツ本店。毛糸や刺繍、ビーズ、レザークラフトなどの手芸用品を扱う〈ホビーハウス〉と、生地やボタン、洋裁材料を取り扱う〈ソーイングハウス〉の向かい合うふたつのビルは、手作りに関するものなら何でも揃う北九州随一の品揃えを誇ります。かつては小倉のまちなかには手芸用品店が5、6軒ありましたが、今では各地の手芸店が次々に姿を消してしまい、ナカノテツは市内をはじめ、県内外の手芸愛好家の拠り所となっています。
小倉の手芸店が次々と姿を消す中、守り続ける品揃え


ナカノテツは現在、生地やボタン、洋裁用品を扱う〈ソーイングハウス〉が180坪、手編みや刺繍、手芸用品を扱う〈ホビーハウス〉が250坪という規模。それでも中野さんは「昔は400坪ぐらい材料を置いていましたから、今よりもっと厚みがありました」と話します。
東京の〈ユザワヤ〉や名古屋の〈大塚屋〉のような大型店はチェーン展開する一方、1店舗あたりの面積はどんどん小さくなる傾向にあるのだそう。「100坪くらいの店だと、満遍なく揃えようと思うとどうしても商品の厚みがなくなってしまう」と、規模を維持する難しさを語ります。

毛糸や刺繍、ビーズ、レザークラフト、和手芸、ブライダル用品まで、ジャンルを問わず手作りに関するすべてが揃うのも、ナカノテツが「拠り所」と呼ばれる理由のひとつ。店内では現在、パッチワークやビーズ刺繍、手編み、洋裁など週に30講座以上の手芸教室が、毎日のように開かれています。材料を売るだけでなく、その使い方や作り方まで教えてもらえる場がまちなかにあることが、初心者からベテランまで幅広い客層を引き寄せているようです。
大正10年「コドモハウス」から、テニス青年が継いだ家業へ

ナカノテツの歴史は大正10年(1921年)、現在代表取締役を務める中野新司さんの祖父が、魚町で始めた婦人服・子供服のオーダー店〈コドモハウス〉に遡ります。
「あの時代に、『ハウス』なんて店名につけるなんて、洒落たおじいちゃんだったんだなと思います」

〈コドモハウス〉は戦争を機に昭和19年に店を閉じます。店を再開したのは昭和24年(1949年)。戦前に大阪の繊維問屋街で働いていた父・中野鐡太郎さんが帰還。自分の名前から「中野鉄商店」として再スタートを切りました。この変わった店名がのちに「ナカノテツさん」と親しみを込めて呼ばれるようになります。テイラーにボタンや裏地、ファスナーなどを納める卸業が主でしたが、やがて婦人服の洋装ブームが訪れます。


▲とにかく品数が豊富。欲しいものがきっと見つかるはずだ
「NHKの朝ドラで『カーネーション』ってあったでしょ。まさにあの時代ですよね。皆さん学校を卒業して縫い子さんをしながら、技術が上がったらお店を持つ。そういう夢のある時代だったですね」
昭和20年代後半から30年代の洋装ブームに乗って、中野鉄商店は少しずつ規模を拡大していきます。最初はわずか5坪だった店舗は、隣が空くたびに広げていきました。
そんな店を継いだのが、当時テニスに明け暮れていた中野さんです。中野さんが現在の店に入ったのは28歳の秋。今年の秋でちょうど40年を迎えます。それまで勤めていたのは、自動車部品メーカーの日本電装(現・デンソー)でした。手芸とは縁遠いこの会社を選んだ理由を、中野さんは笑いながら明かしてくれました。
「僕はテニスが好きで、学校選びも就職先も全部テニスができるところを選んでいましたね。テニスを始めたのは小学校の終わりごろ。父が旧制中学時代からのテニス愛好家だったのがきっかけです。学生時代には全日本ダブルスで7位という実績を残し、同世代のプロや、デビスカップに出るような選手たちとも対戦してきました

そんなテニス漬けの中野さんが実家の店に戻ることになったのは、店をもっと広げたいという姉の願いがきっかけでした。
「父が『男が帰ってこんとそれはさせん』と姉に言って。私もいずれは店を継ぐことを考えていたので、家業を継ぐ決意をしました」
それから1年後に父親の病が発覚し「もうわしはええ、お前好きにせえ」と言われ、実質的な経営をあっさりと任されたといいます。屋号は父の遺言で、平成6年(1994年)に現在の「ナカノテツ」へと改められました。
「姉は現場が大好きで、今も生地を見て、お客さんと話すのが好きなタイプ。私は生地以外を見ながら経営を任されています」と、家族それぞれの持ち場が今の店を形づくってきました。
SNSとYouTubeが運んできた、新しい手作りブーム

手芸業界の縮小傾向に対して、中野さんは2つの点を挙げます。
「やっぱり転機は〈ユニクロ〉さんじゃないかな。かつて1メーター4,000円ほどしていたフリース生地が、ファストファッションの台頭によって価格破壊され、安さがメリットの手作りが下火になったことがひとつ。さらに女性の社会進出が進んで自由な時間が限られた。手作りに費やす時間が、たとえばNetflixや旅行などの娯楽と、時間を奪い合う関係になっていったことでしょうね」
その一方で、近年は意外な追い風も。SNSやYouTubeの普及により、初心者でも動画を見ながら手芸を学べる環境が整いました。さらに、編み物をする芸能人の影響も大きいそう。
「LE SSERAFIMの宮脇咲良さんや佐々木希さん、小芝風花さんなど、編み物する芸能人の影響は大きいですね」と中野さん。
今年3月には、NHK「素敵にハンドメイド」の司会も務める手芸作家・洋輔さんを店に招いたワークショップはあっという間に満席になったといいます。


「もともと今の80代くらいの人たちが、家族のものをお母さんがつくっていたような手作りのコア世代。ですが最近は若い人でも手作りをされる方が増えている実感はありますね。ネット販売や100円ショップなどで手芸用品が売られているのも間口が広がるきっかけでもある。だけどうちみたいな実店舗で相談できるような店がなくなってしまうと業界は萎んでしまう」
「2次加工」ができる面白さ。リアル店舗とネットの両輪で

「仕入れた商品を売っているだけじゃない。そこに“2次加工”ができる面白さが、手芸店じゃないとできないことだと思う」と中野さんは語ります。
「たとえば同系色の布をカットしてセットにすれば、うちオリジナルの商品になる。それに同じ生地でも、お客さまによって作りたいものはそれぞれ違う。素材から完成品への提案ができることこそ、手芸専門店ならではの価値だと思います」
現在はネット部門の売上が社内で最も大きな割合を占めていますが、中野さんはリアル店舗の重要性も強調します。
「最近、福岡市にも店を出して欲しいという投稿をいただいたり、うちに来てよかったと言っていただけるのは嬉しいですよね。反面、手芸店が減っていく現状を見ると、うちの店の責任はどんどん重くなるということは肝に銘じています。商品を説明したり提案したりするのは現場のスタッフの手腕。うちの場合はリアルとネットの両方があることで、うちにしかできないサービスを続けていきたいと思います」


「ナカノテツという名前に愛着を持ってくれる人が増えるほど嬉しい」
ナカノテツ 代表取締役 中野 新司
ナカノテツ小倉本店
北九州市小倉北区京町1丁目3-10
TEL:093-531-6636
営業時間:月〜土曜 10:00〜18:30 / 日曜祝日 11:00〜18:00
定休日:8月13日〜15日、12月30日〜1月3日
SNS:〈ナカノテツ小倉本店〉Facebook、Instagram
〈ホームクロス〉Instagram
取材・文/写真:岩井紀子

