小倉まちじゅうモール

小倉まちなかコラム

腕のある三絃師のいる邦楽店。文化芸術あふれる豊かなまちを目指して【邦楽の店渡辺】

今の時代、箏や三味線といった邦楽器に日ごろから馴染みのある人は少ないかもしれません。とはいえ、市内の小中学校では伝統文化体験の事業として演奏会や体験会なども行なわれていますし、身近なところでいえば小倉の夏の風物詩であり国指定の重要無形民俗文化財にも指定される「小倉祇園太鼓」も、立派な邦楽器のひとつです。

邦楽に親しむ人を支える専門店

▲各種邦楽器から、扇など日本舞踊の小道具まで、邦楽に関するあらゆる商品を扱う
▲各種邦楽器から、扇など日本舞踊の小道具まで、邦楽に関するあらゆる商品を扱う

邦楽の店 渡辺は魚町銀天街と平和通りの間を南北に貫く魚町サンロード商店街沿いのビル2階にあります。創業者である渡辺四郎さんは、現在営業・販売担当として働く丸山晃子さんの祖父。山口県徳山(現・周南市)で和楽器店に生まれ和楽器職人となり、昭和5年に小倉の旧電車通り沿いに開業したのがこの店のはじまりです。昭和31年に現在の場所に移した頃には市内の百貨店にも店を構えていたそうです。現在は丸山さんの叔母が店を継ぎ、晃子さんの夫・望さんと共に親族で店を営んでいます。

この店の仕事の中心を占めるのは、箏や三味線のほか、尺八、篠笛、鼓、琵琶など和楽器の販売や修理とメンテナンス。そのほかにも日本舞踊の小道具から小倉祇園太鼓など、取り扱う商品は邦楽に関係する商品全般と幅広いのが特徴です。和楽器をやってみたいという人には先生や稽古場の情報を提供したり、演奏会で調弦をしたりすることも。また、市内の中学校でのお箏の体験授業、和楽器を扱う部活動のサポートなど、邦楽愛好者だけでなく若い世代に和楽器を知ってもらう機会づくりにも積極的に携わっています。

▲子どもの頃から店に足を運び、邦楽が身近にあった晃子さん
▲子どもの頃から店に足を運び、邦楽が身近にあった晃子さん

「和楽器に親しむ人の多くは年配の方が多いですが、お稽古ごととして習う小さな子どもさんもいらっしゃいます。ピアノなどと比べると和楽器を演奏する人は決して多いとは言えませんが、日本の伝統文化を繋いでいくために、なくてはならない仕事だと思っています」と話す晃子さんと望さんは、この仕事に誇りを持って励んでいます。

和楽器が結んだ夫婦の縁

(丸山さん提供)
(丸山さん提供)

邦楽の店 渡辺を任されている晃子さんと三絃師でもある望さん。ふたりは東京の和楽器メーカーで出会いました。祖父に始まり、母や叔母が営んできたこの店を晃子さんが店を継ぐ決意をし、和楽器や業界の勉強のために勤めた和楽器メーカーで、望さんは主に三味線の棹の修理や仕上げを担当していたといいます。ふたりで邦楽の店渡辺を継ぐ決意を決めてからは、望さんはさらに三味線の皮張りや箏の修理などを学んだ上で小倉へとやってきたそうです。

「三絃師」とは、分業で作られる三味線づくりのすべての行程をマスターした職人のこと。楽器の製造はもちろん、修理も手掛けることができる職人です。

望さんはその肩書きから想像する印象とは違い、おしゃれで現代的なセンスの持ち主で、インスタグラムで見せる姿はむしろファンキー! とはいえ工房で仕事に向き合う姿は職人そのものです。三味線に関するメンテナンスや修理のほとんどは望さんが対応しているといいます。

「楽器を修理したりメンテナンスしたりする中で、弾いてくださる方が喜んでくださる瞬間がやっぱりいちばん嬉しいですね。持ち込まれる楽器の状態もケースバイケースなので、簡単に直せるものから高い技術が必要な場合もあります。『こんな状態なんですけど、直りますか…』というお客様の不安に、できるだけ高いレベルで応えたいということは常に意識しています」

▲「困っているお客様にはなんとしても応えてあげたい」という望さん
▲「困っているお客様にはなんとしても応えてあげたい」という望さん

望さんは3歳から中学まではヴァイオリンを習い、中学高校では吹奏楽部でトランペットを、高校大学ではロックバンドでベースを弾いてきたという根っからの音楽好き。大阪芸術大学を卒業した後、エレキギターを作る専門学校へ通っていたといいます。

そんな音楽経歴を経て、なぜ和楽器の道を選んだのかを尋ねると、「専門学校にたまたま東京の和楽器メーカーの求人が来ていたんです。もともと和楽器にも興味があったので『おもしろそうだな』くらいの軽い気持ちでした。もともと色々な音楽が好きで、たまたま仕事になったのが邦楽だった、という感覚。邦楽が特別という意識はしたことがないんですよね」

▲さまざまな道具が並ぶ工房。金具などの古いパーツも大切に保管し、修理で活用することも

たくさんの楽器に触れてきた望さんに和楽器の魅力について尋ねてみると、

「洋楽器との違いはおもしろいですよね。間(ま)の取り方が独特で、そこがむずかしくもあり、おもしろさでもあると思います。お箏も三味線もそうですけど、調弦(チューニング)をしても糸が伸びることで音程が変わるので、とても繊細な楽器です。和楽器は弦や皮など、天然のものを使っていることが多いので、湿度でコンディションも変わり、まるで生き物みたいな楽器なんです。梅雨時期の演奏会でちゃんと楽器を鳴らしてあげられるかは職人の調整ひとつで変わってくることもあります。ちゃんと原因を見極めて調整ができないといけない。そういう意味でもメーカーで働いていた経験を活かせてやりがいがあるし、今もまだ勉強の日々でもありますね」

まちや人とのつながりを築けた小倉祇園太鼓

(丸山さん提供)
(丸山さん提供)

望さんが小倉へやってきたのは2008年。長野県出身の望さんにとって、晃子さん以外知人もいない、見知らぬ土地での生活の始まりでした。

「とにかく右も左もわからない状態でしたが、引っ越してきたのが6月だったこともあり、まちは小倉祇園のシーズンに入る頃。地域の人に自己紹介する機会にもなったし、ご近所の人とすぐ顔馴染みになれるいい時期に来たと思います。小倉祇園自体もまったく知らなかったけれど、最初の年から鳥町四丁目で下手ながらも太鼓を叩かせてもらったのはよかったですね」

今では町内の太鼓の責任者としてなくてはならない存在になった望さん。祭を通じてたくさんの人との繋がりが広がっているといいます。

「最近では、参加してくれた大学生が就職して小倉を離れても祇園の時には帰ってきてくれたり、結婚して奥さんを連れてきてくれたりする子も増えてきて。嬉しい限りですね」 子どもの頃から人生の真ん中に音楽があった望さん。その音楽体験が夫婦の出会いとなり、仕事、そして人や地域とのつながりを生み出してきたといえます。

三絃師のもうひとつの顔

(丸山さん提供)
(丸山さん提供)

望さんはFM KITAQで放送されている番組「アートなJAPAN」(毎週木曜19 :00〜20:00)のコメンテーターも務めています。三味線職人としてゲストとして番組に出演したのをきっかけに、今ではレギュラーのコメンテーターに。音楽に限らずアートやカルチャー好きな望さんならではの目線での話題が楽しめる番組です。

▲絵を描くのも好きな望さん。店の入り口には望さんが手がけたポスターも飾られています
▲絵を描くのも好きな望さん。店の入り口には望さんが手がけたポスターも飾られています

「ラジオを含め、自分自身の活動を通じてアートや芸術文化に関わることを広めるためのお手伝いをしたいという気持ちがあります。コロナ禍では衣食住が最優先になって、文化芸術はいちばんに生活からなくなりました。その時に感じたのは、そういう閉塞感のある時にこそ音楽やアートが心を豊かにしてくれる大切なものだということ。生活を豊かにするために、文化芸術は欠かせないものだと実感しています」

また、望さんは現在休止中の北九州市立美術館分館について「とても残念」とも話します。

「本来豊かなまちというのは文化やカルチャーが盛んであるべきで、即効性がなくともそこに予算を割くべきだと思います。文化芸術の発展がまちの醸成には不可欠なんです。そうした文化芸術がまちへの愛着を生んだり、心を豊かにするのだと思います。小倉祇園だって文化のひとつ。まちにそうした文化芸術が溢れていて興味を持つ人が増えれば、邦楽に興味を持ってくれる人も増えるかもしれないですしね」 昨年、勝山公園で約1ヶ月に渡り開催された「平成中村座」の公演期間中、まち全体にお祭り感が漂っていたと感じたという望さん。音楽やアート、芸術文化がまちや人の心を彩ることができると信じているのだと感じます。

和楽器の販売や修理という店のことだけでなく、自ら発信してこのまちに芸術文化を広めようとする望さんと、それを支える晃子さん。ふたりが心がけているのは「相談されたことにはできるだけ応えたい」ということだそう。

「平成中村座の公演初日直前に出演される方の三味線の皮が破れ、張り替えのご依頼を頂けたのは嬉しかったですね。初日の幕開けに間に合うよう、大至急で仕上げました」と望さん。

また、これまでには古い雛道具の中の小さな三味線やお箏の修理を引き受けたこともあるといいます。

「やったことがないことでも、不可能でないのであればやってあげたいと思いますね」

晃子さんも「祖父から続くこの店をなくしちゃいけないと思ったのが、店を継ごうと思ったきっかけだし、今もその思いは変わりません。祖父は著名な歌手や芸者が舞台で使用する和楽器の修理を行うなど腕の立つ和楽器職人だったと聞いています。三絃師の夫が来てくれたことで、三味線に関しては、ほぼうちで修理・メンテナンスもできますし、高いレベルの修理ができるのがうちの強み。そのことで離れていたお客様が戻ってきてくださったのは嬉しかったですね」と話します。

子どもの頃から母親について演奏会などの仕事場も見てきたという晃子さん。 「邦楽は特に『ハレの日のもの』という空気感が強いですね。背筋の伸びるような晴れの舞台を支える役割として、これからも力を尽くしていきたいですね」

「邦楽は歴史としきたりのある芸ごと。美しい所作と高い技術を持つかっこいい職人として支えていきたい」
邦楽の店 渡辺 三絃師 丸山 望

邦楽の店 渡辺
北九州市小倉北区魚町3-4-18 2F
TEL:093-521-4922
営業時間:10:30〜18:30
定休日:日曜祝日
SNS:InstagramFacebook


取材・文/写真:岩井紀子

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