小倉まちじゅうモール

小倉まちなかコラム

花のある生活をひとりでも多くの人に。まちかどから四季を届ける【花のチモト魚町店】


モノレール平和通り駅から井筒屋、小倉城方面へと抜ける小倉魚町二番街と魚町銀天街とが交わる角にある花のチモト魚町店は、馬借に本店を持つ創業92年の生花店。色とりどりの季節の花々や可愛らしいブーケなどが、歩く人の目を引きます。

「お金をいただいて、こんなに喜んでもらえる仕事があるんだ」

花のチモトは1933(昭和8)年に創業した生花店。3代目の店主・千本 満さんの祖母が行商で花を売り始めたのが最初だといいます。その後魚町に初めての店舗を持ち、現在は馬借に本店が、若松と福岡市平尾には姉妹店があります。

店主の千本さんは高校卒業後、園芸の学校に通い、その後東京・銀座の生花店で修行期間を過ごしました。「実家が花屋というだけで、どうしても花屋になりたいというわけではなかった」と話す千本さんは当初、勤め先の近くに画廊が多くあったこともあり、花よりも絵に熱中していきます。

「その頃は安西水丸や和田誠、湯村輝彦、日比野克彦など、いわゆる“下手ウマ”みたいなイラストが流行した時代。これだったら俺でもできそうだなと思って、絵にハマっていきましたね。絵を通じて出会った友人と展覧会に行ったり、絵を描いたりしていたんだけど、ある時、夜通し絵を描き続ける友人の熱量と才能を目の当たりにして、自分には真似できないなと思い始めました」

そんな中、仕事では近隣の雑誌社での仕事が増え、今でいうフラワーデザイナーのような仕事をする機会が増えたといいます。雑誌の影響もあって花や観葉植物が一般の人にも注目されるようになり、店でも花束やブーケを注文するOLが増えていきたといいます。

「お客さんに花束をつくるとね、すごく喜んでくれるんですよ。花の仕事ってお金をいただいてこんなに喜ばれるんだと感じたのが、僕の中で本当の意味で花に意識が向いた原体験といえると思います。それまで興味を持っていた絵の世界にはすでに有名な人がたくさんいるけど、花の業界にはそういう人はまだいない。花の世界で生きていくのもいいかも、と思い始めました」

フラワーデザイナーよりも“花屋のオヤジ”を目指したい

▲花瓶がなくてもそのままコップに挿すだけで飾れることを考慮してつくったミニブーケ
▲花瓶がなくてもそのままコップに挿すだけで飾れることを考慮してつくったミニブーケ

6年ほど東京で働いたのちに、千本さんは実家であるチモト花店へと帰ってきます。

東京での経験を活かし、フラワーデザイナーとしてパーティー会場や個人宅に行って花を生ける仕事を多く手掛けました。

その頃の経験は、現在もウェディングやホテルの装飾、学校の演台の生け花などにも生かされていますが、当時の千本さんには転機となるある思いが芽生えるきっかけにもなりました。

「例えば個人宅で花を生けると、1軒で数万円という金額をいただけるんだけど、僕はそれよりも1,000円の花を100人に買ってもらう方がいいなと思うようになったんですよね。お花って別にお金持ちだけのものじゃないし、誰でも買えるものであって欲しい。だからといって安く叩き売るんじゃなくて、買いやすい値段で買いやすい状態にする。フラワーデザイナーではなく、そういう“まちの花屋のオヤジ”を目指そうかなと思い始めました」

花を見て、ひとりでも多くの人に喜んでもらいたいという思いで千本さんが考えたのは「インダストリアルデザインのような商品」。誰もが気軽に手に取りやすく、お客の生活を豊かにするような商品として、「ミニブーケ」や「スマイルアレンジ」が生まれました。

▲スマイルマークのバケツに入った「スマイルアレンジ」
▲スマイルマークのバケツに入った「スマイルアレンジ」

「ミニブーケ」は、花瓶を持っていなくても楽しめるようにとあえて丈を短く切り詰めてあるから、そのままコップに挿すだけでさまになるのがうれしい商品。手頃さからプレゼントや自宅用にと購入する人が多いといいます。

ピンポン菊にボタンや針金で顔を描いた「スマイルアレンジ」は、年齢や性別を問わず喜ばれる、花のチモトの代表的な商品のひとつ。「お祝いでもお見舞いでも、どんなシーンでも喜んでもらえる」と千本さんが話すそばで、通りすがる子どもが「かわいい!」と声を上げます。

「スマイルアレンジを始めたのはコロナでみんなの気持ちが塞いでいた時期でした。『世界のみんなの愛と平和と健康を』という願いを込めて、ちょっとでも明るい気持ちになって欲しいと思って、花器から持ち帰り用の袋、シールまでスマイルマークのものを探しました。すべて統一しているところがデザインとしてのミソですね」

商店街が交わる人通りの多い立地柄、通りがかりで買いたい気分にさせる商品構成にも工夫を感じます。春には梅や桜、そのあとはカーネーションやアジサイ、ヒマワリなどの花や枝物を並べられ、花が季節のうつろいを感じさせてくれます。


取材した4月初旬には、「おうち花見」というPOPと共に、八重桜の鉢植えや切り枝が並んでいました。この日は「花見に行けないおばあちゃんに桜見せたいから」と、若い男性客が桜の切り枝を買い求める姿が多く見られました。手に取りやすく、買いやすい工夫がお客の心を捉える瞬間を垣間見ることができました。

有名フラワーアーティストのレッスンを受けて磨いた技術とセンス

「ブーケやアレンジは昔から得意なほうかな」と話す千本さんに、イメージ通りの花束をつくってもらうコツを聞くと、

「予算や色の好みとか希望を相談してもらうのがいちばんだと思います。大人っぽい雰囲気がいいとか、オシャレな方がいいとか、かわいい感じがいいとか。どんなシーンでどんな人に渡したいとかもお聞きします」と千本さん。

最近は若手の育成も兼ねて、できるだけ若いスタッフに仕事を任せることが多いといいます。結婚式のディスプレイなどの演出も「同年代のスタッフの方が相談もしやすいだろうから」と、千本さんは全体のチェックのみを行うことが多いそう。

「結婚式とか入学式などの花は、当日全部つぼみだったら意味がないですから、その日にベストな状態で花を咲かせないといけない。仕入れは月・水・金曜に開く生花市場とインターネットで行いますが、事前に必要な花を仕入れて開花を調節するんです。寒い時期だとユリなんかはなかなか咲かないから、部屋にストーブ焚いて咲かせることもします。お花がいちばん綺麗な状態でお渡ししたいですからね」

▲鉢植えや観葉植物なども
▲鉢植えや観葉植物なども

そんな千本さんの花への探究心は深く、10年ほど前にもヨーロッパで有名なデザイナーのレッスンを受けたといいます。

フィンランドでは、裏山で採った木や植物を材料にして、イチョウやラズベリー、ブルーベリーでリースを作るレッスンを受けたそう。またベルギーでは、“花の建築家”とも称されるフラワーアーティストの〈ダニアル・オスト〉のレッスンを受講。早朝から深夜までかけて現地の市庁舎のクリスマスアレンジをするという内容で、想像を超える発想に驚かされたといいます。

積極的に花と向き合う千本さん。「花を添える」という言葉があるように、花の持つ力で人を笑顔にしたいという思いが、千本さんの原動力になっているように感じます。

「僕は旅行が好きで海外もかなり見てまわりましたが、国によって花の種類がぜんぜん違うし、北欧なんかは花自体が少ないから葉っぱ1枚でも大事に使っている印象でした。日本は四季があるし、国内でつくっている花の種類も多いし枝ものも多い。とても恵まれている環境だと思います」

生花店は色とりどりの美しい花で溢れているのが当たり前に思っていましたが、その光景は日本という国であるからこそ。そして人の心を動かす花には、気軽に手に取りやすい工夫と開花を調整する手間や努力があるのです。

小倉城に通じる小倉魚町二番街のよさを活かして

▲わずか2.5坪の店舗だが、通りに沿ってさまざまな花や植物が並ぶ
▲わずか2.5坪の店舗だが、通りに沿ってさまざまな花や植物が並ぶ

千本さんは長年、小倉魚町二番街の理事長も務め、まちの賑わいづくりにも力を入れています。

店の軒先に立っていると、観光客に「小倉城はどこですか?」と道を尋ねられることが多かったため、二番街のアーケード内に小倉城やモノレール平和通り駅まで何メートルかを示す看板を設置。小倉城のイベント時にはアーケード内に小倉城のフラッグを掲げるなど、「小倉城をこの通りのセールスポイントにしたい」と考えていると話します。

「一昨年からはクリスマス時期からアーケード内にイルミネーションを飾り、とても好評でした。アーケードの照明を消してイルミネーションを点灯すると光のトンネルみたいになって、写真を撮る人も多かったですよ。紫川のイルミネーションに続く光の道として、人の流れにもつながりました」

かつて、魚町に買い物に行くことを「まちに行く」と行っていた時代、商店街は人垣になるほど賑わっていたと話す千本さん。当時のにぎわいに少しでも近づけるようにと店のこと、まちのことを考えるのは、長年このまちかどに立ち続けている千本さんだからこその目線なのだと思います。

「四季のある日本ならではの豊かさを、一人でも多くの人に楽しんでもらいたい」
花のチモト 千本 満

花のチモト 魚町店
北九州市小倉北区魚町2-1-9
TEL:093-521-1387
営業時間:11:00〜19:00
定休日:水曜


取材・文/写真:岩井紀子

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