小倉まちじゅうモール

小倉まちなかコラム

火事のその日からこの場所での再建を決めていた。旦過愛あふれるこだわりの食肉店【戸根食肉】

3月7日、約1年ぶりに旦過市場で店を再開した精肉店、戸根食肉。2022年4月19日の火災で全焼した店舗でなんとか焼け残った看板が店頭に掲げられ、真新しい中にも当時の面影を感じるつくりです。新しく生まれ変わった店には、開店を待ち望んでいたお客が次々に訪れ、楽しい会話のやり取りをするいつもの光景が戻っていました。

一度食べたら、よその肉は食べられない

▲店主の松田角二さん。こうと決めたらブレない、実直な職人だ
▲店主の松田角二さん。こうと決めたらブレない、実直な職人だ

おいしそうな肉がずらりと並ぶショーウィンドウの奥に、店主の松田角二さんが肉の塊に包丁を入れる姿がありました。丁寧に脂身を切り落とすその目は真剣そのもの。迷いのない包丁さばきに職人技を感じます。

戸根食肉で取り扱う牛肉は、主に鹿児島、宮崎から仕入れたもの。こだわりは「肉の締まりがよくて、サシがきめ細かくて、それに水切れがいいもの」。それがいい肉の特徴だといいます。

水切れとは、いわゆる「ドリップ」と呼ばれる肉に含まれる水分のこと。「ドリップが外に出てしまうと肉の旨味が抜けてしまう。牛も生き物だから一頭一頭、個体によって違いがある。安い肉ほどドリップが多く出てしまう」のだそう。

それに、いい肉は長く置いても色が変わらず、ドリップも出ないのだとか。仕入れの際にそうした肉の質をしっかりと見極め、厳選した質の高い肉だけを仕入れているそうです。

「よその店のことはわからないけど、うちはきれいに脂を落として、スジをひいたものを店に並べとるからね。そうすることで味も食感もぜんぜん違う。それはお客さんがいちばんわかっていると思うよ」

火災によって戸根食肉がなくなったことで、普段から食べつけていたなじみのお客は、この店の肉のおいしさを再認識したようで、被災当初から「早く店を再開してほしい」という声が多く寄せられていました。 常連の飲食店の中には、戸根食肉の肉が手に入らないという理由で、肉料理をメニューから外したというところもあったのだとか。それほどまでにおいしい肉、気になります。

対面販売だからこそ、楽しい会話のやりとりも

▲足掛け50年、店主と共に戸根食肉を支えてきた木村豊治さん
▲足掛け50年、店主と共に戸根食肉を支えてきた木村豊治さん

「脂とか水分が多いと、その分目方も多いでしょ。その点うちの肉は余計な脂もないし水っぽくないから、同じグラム数でもよそより多いと感じると思うよ。なにより食べた時の味の満足感が違いますよ」と話してくれたのは、店主と二人三脚でこの店を切り盛りしてきた木村豊治さん。

筆者は普段スーパーでしか肉を買わないと話すと、「あらかわいそう。まずはミンチを買ってごらん。絶対に違いがわかるから。特に子どもは正直よ。うちの合い挽きは7:3の割合でね、豚ミンチは脂が多い方がおいしいんよ。お年頃になると、サシの多い肉はあんまり食べられなくなるけど、煮込み料理の時はサシが入っている方が固くならないし、甘みも出ていいよ」とプロのアドバイスをいただきました。

買い物をしながらこんなやり取りができるのも、対面で肉を選び、量り売りしてもらえる精肉店だからこそ。まじめな顔をしながらちょいちょい冗談で笑わせてくれる木村さんのキャラクターに、思わず笑顔になってしまいます。

じつは1年ぶりに店を開けることに不安も多かったという木村さん。本当にお客が来てくれるだろうか、体は動くだろうか、と心配だったといいます。でもいざ開店してみると、たくさんのお客が来てくれて声をかけてくれるし、体もちゃんと覚えていて、前と変わらず動けたことに安堵したそう。

取材の合間にも次々に常連客が店を訪れ、店のあちこちで楽しい会話が飛び交います。開店祝いにと、招き猫のをプレゼントを持って訪れた人もいて、この店と人が、どれほど愛されてきたのかを垣間見ることができました。

▲わざわざこの店のために取り寄せたという招き猫
▲わざわざこの店のために取り寄せたという招き猫

「旦過での再建はあたりまえ。ここで始めた商売だからね」

木村さんは、4月の火災で店を失ってからのことを、こう振り返ります。

「店がなくなった時はね、喪失感はあったけど、ずっと休みなく働いてきていたから、これでゆっくりできるな、肉屋の仕事も引退だなって思ったんですよ。なのにあの人(松田さんを指差して)が再建するっていうでしょ。せっかく休めると思ったのにねー」と冗談混じりに笑います。

▲思わず見惚れてしまうショーケース
▲思わず見惚れてしまうショーケース

店主の松田さんはというと、「火事になった瞬間から、もう一回ここでやるって決めていた」とキッパリ。「ここでやり始めた商売だから、この場所しか考えられませんよ、あたりまえ」。ほかの場所に空き店舗があると紹介されても、絶対に同じ場所でないとダメだと、頑なに旦過にこだわりました。

店を再開すると決めたら、大家さんも快諾してくれ、この店を建ててくれた棟梁が焼け残った店の看板を分割して運び出し、大切に保管してくれていました。図面が引かれ、テレビ局の取材を受け、再建の話はどんどん前に進んで行きました。いろいろなことが決まり、ようやく再開のめどがたった8月、旦過を2度目の火災が襲いました。店の跡地は再びがれきの山となり、再建の話も振り出しに戻ってしまいました。

▲松田さんを陰で支える未子さん
▲松田さんを陰で支える未子さん

前向きになっていた気持ちに水を差された状態で、毎日通っていた焼け跡を訪れる回数も減っていきました。

木村さんは「だんだん歳もとっていくし。10年後も元気に働ける補償もない。体もガタがくるし、もう無理して再建しなくても、という気持ちだった。でもね、あの人は違うのよー」と再び松田さんを指して笑います。

松田さんは何があっても心折れることはありませんでした。2度目の火災のがれきが片付いてもなかなか工事が進まず予定が遅れていっても、3月には店を開けると言って、それを現実にしました。

そこまでこだわった旦過での再オープン。その原動力はなんだったのかと松田さんに尋ねると、「人情やね」とひと言。「お客さんも近所の人も、みんないい人ばっかりだからね」 念願のオープンを迎えて「やっぱり旦過はいいねぇ。余は満足。人生イケイケ!」とにこやかにジョークを飛ばす松田さん、そんな松田さんに「ついていくだけ」と笑う木村さん、二人をサポートする未子さんの3人が、今日も活気ある戸根食肉に立っています。

戸根食肉

戸根食肉
北九州市小倉北区魚町4-2-20
TEL:093-521-2741
営業時間:9:00〜18:00
定休日:第2・4日曜

文/写真:岩井紀子

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