京町銀天街のアーケードを小倉駅から7分ほど歩くと左手に見えてくるCAFÉ DE FAN FAN(カフェ ド ファンファン)。1967(昭和42)年に創業し、この夏で59周年を迎えるクラシックなカフェです。店の顔として愛されたマスターの池田輝康さんが急逝してまもなく2年。現在は「ママ」の愛称で親しまれる奥様が2人の娘さんとスタッフの手を借りながら店に立ち続けています。
マスターのこだわりと魂は、今も店に生き続ける

カフェ ド ファンファンのマスターは小倉の生まれの小倉育ち。戦時中に疎開はしたものの、中学生の頃に再び小倉へ戻り、その後東京の大学に進学。卒業後はコーヒーの輸入を手がける商社に就職しました。外国への買い付けにも飛び回り、5年ほどコーヒーの最前線で腕を磨きました。やがて、一人で暮らす母のそばにいたいと北九州へ帰郷し、27歳で喫茶店の開業を決意しました。
カフェ ド ファンファンという店の名前は、マスターが心酔していたフランスの俳優ジェラール・フィリップに由来します。彼は映画「花咲ける騎士道」で演じた役名「ファンファン・ラ・チューリップ」からファンファンという愛称で親しまれた俳優。そこから店名はカフェ ド ファンファンと名付けられました。
「マスターは『ジェラール・フィリップは色男だったんだよ』とよく話していましたね。店に飾っているジェラール・フィリップの写真を見て、娘が『マスターに似てるかも』なんて言うんですよ」とママは目を細めます。
創業当初のカフェ ド ファンファンは、現在の3分の1ほどの広さでスタート。カウンターと数脚のテーブルというこぢんまりとした店は、コーヒーだけでなくアルコールも提供するフランスの老舗カフェに習ったスタイルにこだわりました。隣にあったジーンズショップが閉店すると店を拡張し、現在の姿に。当時は2階にも客席がありました(現在は2階席はなく、キッチンへと姿を変えています)。

かつて京町銀天街には喫茶店が5軒ほどあったとママは話します。
「新日本製鐵(現・日本製鉄)が三交代制で動いていた時代、夜勤明けの従業員さんがモーニングを食べに立ち寄られたり、夜も遅くまで賑わっていました。うちは元旦以外は休まず、毎日朝から晩まで店を開けていたので、マスターにとってはこの店が生活そのものでした」
昔から毎日通う常連もいるなか、最近は来店客の様子にも変化があるそう。
「1、2年前から、制服姿の高校生が来たり、旅行客がスーツケースを引いて入ってきたりするようになって。マスターもびっくりしてるんじゃないかな」とママは嬉しそうに話します。
晩年は、夕方になるとカウンターの隅に置かれた椅子に座って、晩酌をしながら店を眺めるのが日課だったマスター。今その席にはお孫さんが置いた大きなクマのぬいぐるみが座り、マスターの代わりに店を見守っています。

カフェは人が集い、コーヒーと会話を楽しむ場所
マスターが店に立っていた頃、カウンターは文化サロンそのものでした。役者や歌手、デザイナー、議員——さまざまな肩書きを持つお客たちが集い、コーヒーをすすりながらマスター相手に議論を交わしていたといいます。北九州の街の話、世界情勢、昔の映画の話。自由に談義する様子はまるでパリのカフェのよう。カフェ ド ファンファンは、その時代時代のお客が集い、言葉をかわす交差点のような店だったことが想像できます。
「マスターは博学で、何にでも詳しかったですね。海外の俳優さんの名前も全部覚えていて、映画好きのお客さんがカウンターに来ては盛り上がっていました」と娘さんは笑います。

「厳しかったけど、ちょっと憎めないというか、お茶目なところもあってね」とママ。言いたいことははっきり言う人でもあったそう。ノートパソコンを広げ、長時間作業するお客には、「ここは喫茶店でコーヒーを飲む場所やから、よそでやりなさい」とにこやかに、しかし毅然と告げる。マスターの「うちはこういう店ですよ」という態度に、お客はみんな納得したといいます。「そういうマスターのまっすぐなこだわりは、私たちも見ていて気持ちよかったですね」と娘さんは振り返ります。
そんな愛されるマスターがいたからこその場所が、店の奥にある喫煙場コーナーです。珈琲党には愛煙家も多いものですが、飲食店での喫煙規制が強化されると、常連客が店の奥にある空き地に資材を持ち寄って床板を貼り、テントを建てて喫煙コーナーを作ってくれたのだとか。ビルの間にぽっかりと開いた空間は、愛煙家たちの憩いの場となっています。

変わらないネルドリップの味を守り続ける覚悟

カフェ ド ファンファンのコーヒーはネルドリップ。これも創業当初からマスターが譲らなかったこだわりです。ブレンドはマスターが独自に考案したオリジナルな配合で、ファンファンだけのコク深い味わいが特徴。今はママがマスターに教わったドリップを守り続けています。豆を挽いた瞬間に漂う香り、抽出時に立ち上るアロマを満喫するなら、ぜひカウンター席へ。

マスターが逝ったのは2024年7月。入院するその日まで店に立っていました。1週間ほど安静にすれば良くなると言われて入院したものの、退院できずにそのまま……。本人も家族も思いがけない旅立ちでした。店に置いたノートには、マスターを悼む声がたくさん寄せられました。
ママは今も、毎朝家を出るときにマスターに「行くよ」と声をかけるのだそう。
「毎日一緒に店に出て、一緒に帰っていたから。なんかまだマスターがここにいるみたいな感じがして」

最愛のマスターとの思い出と歴史を重ねたカフェ ド ファンファンを続けることを選んだママ。実はマスターとの結婚の条件は“店を手伝わなくてもいい”ことだったそうですが、気がつけば店に立ち始めてから40年以上が過ぎ、「この店はもう私の生きがいですね」と微笑みます。
「昔、『マスターがいなくなったらこの店はどうなるかね」って話を時々していたんです。私が『ひとりじゃ、やりきらんよ』って言うと『いや、続けていかな』って言っていたから、もうちょっとがんばっていこうかなと思っています。ここやめるとボケちゃうかもしれないし(笑)』
年中無休で営業していた頃より少しだけペースを落としながらも、ママは「これからも、まちの人に愛される喫茶店でありたいです」と話してくれました。
店の外には今日もアーケードの人通りが続く。コーヒーの香りとともに、マスターの魂はこの場所に、静かに、確かに生き続けている。

「マスターが続けてほしいと言っていたから、もうちょっと頑張ってやろうかな、と思っています」
CAFÉ DE FAN FAN ママ
CAFÉ DE FAN FAN(カフェ ド ファンファン)
北九州市小倉北区京町1-2-8
TÉL:093-551-4817
営業時間:8:00〜20:00(モーニング 8:00〜11:00 / ランチ 11:00〜15:00)
定休日:火曜、元旦
席:00席
SNS:Instagram
取材・文/写真:岩井紀子

