黄金市場商店街から平和通りに向かう通りの一角に店を構えるHOTTENTOT COFFEE BEAN’S(ホッテントット コーヒー ビーンズ)。今年、創業から40年の節目を迎えました。コーヒー豆の販売から始めた店と並行し、一時は小倉のまちに行列を作ったエスプレッソバーを運営。現在は門司駅北側の門司赤煉瓦プレイスにあるブリックホール×赤煉瓦コーヒーファクトリーでのカフェ運営も行っています。店主の新開俊仁さんと妻のてるみさんに、40年の歩みとこの店が今も愛され続ける理由をうかがいました。
25歳、豆売りから始まった小さな店

田川の出身で、大学卒業後はチロルチョコ株式会社の営業マンとして3年間勤務。工場の製造ラインから出荷体制まで一通りを経験し、新製品として発売された5円チョコの地域テスト販売を任されトップの営業成績を残すなど、営業の面白さを知った時期でもありました。
「それでも大学の頃から商売がしたかった」という思いを果たすべく、新開さんが黄金市場にホッテントットコーヒーを構えたのは1986年、25歳のとき。
当時TOTOに勤めていた妻・てるみさんが見つけてきた黄金市場のそばで開業しました。ただ、開業当初の黄金市場は、商店街としての賑わいのピークを過ぎたころ。商店街の先輩たちからは「なんでこんな時期に」と言われることもあったといいます。
本当は喫茶店を開きたかったものの、設備投資の負担は大きく、25歳の新開さんが選んだのは自家焙煎のコーヒー豆販売専業でした。当時、豆を焙煎から販売まで手がける店は井筒屋地下の1軒ほどしかなく、オフィスコーヒーサービスもなかった時代。珍しさもあって病院やオフィスへの配達注文を伸ばしていきました。福岡や飯塚、直方にフランチャイズ展開も進み、店の経営は軌道に乗ります。新たに始めたコーヒーギフトも人気となり、今も毎年注文をしてくれるお客が絶えないといいます。

ちなみに店名「ホッテントット」は、新開さんの夢の中に出てきた言葉なのだそう。「どこかで聞いたことある言葉だなと思ったら、アフリカの部族の名前だった」という不思議な縁から、開業当時はトーテムポールを飾るなど、アフリカをイメージした内装が店を彩っていました。
自家焙煎のコーヒー豆の専門店として10数年が経ち、店の改装をして念願の喫茶コーナーも設置。それまで豆を配達していた先のお客や買い物帰りに立ち寄る人など、人が集える店になりました。

スタバ上陸以前。小倉に行列をつくった伝説のエスプレッソバー
順調に見えたコーヒー豆の販売業ですが、スーパーの台頭とともに変化を迫られました。次に新開さんが目を向けたのは、「エスプレッソ」でした。
「きっかけは、ロサンゼルス帰りの知人がホッテントットでエスプレッソを飲んで『これがLAの味だ!』と喜んでくれたこと。その知人はロサンゼルスからエスプレッソマシンとカートを持ち帰り、大手コーヒーメーカーに話を持ち込んだものの、『今、日本でスターバックスみたいなことしても流行りませんよ』と断られていました」
ちょうど新開さんもテイクアウトの店をやってみたいと考えていた時期だったこともあり、話はとんとん拍子に進みます。
ホッテントットコーヒーと並行して、当時のラフォーレ原宿・小倉(現・あるあるCity)、続いて旧小倉ホテル1F(現在は船場広場)にエスプレッソバーを出店すると、週末は行列ができるほどの人気店になりました。

「冬には当時では珍しかったパラソル型のヒーターを導入し、その下でエスプレッソを啜るお客さんで賑わってね。井筒屋新館のショーウィンドウと相まって、『まるで海外の風景みたい』と言われるほどでした。本場ロサンゼルスで出会ったスムージーをいち早く取り入れ、ヒットさせたのもこの頃です」
「当時通っていた常連客や、働いていた若者たちの中には、今、小倉で飲食店を構えている人が少なくない」と新開さん。オープンカフェという文化がなかった時代。流行の最先端をいったエスプレッソバーの影響は、今もこのまちのどこかで息づいているのかもしれません。
施設側の事情でエスプレッソバーは惜しまれつつ姿を消しましたが、その後は門司赤煉瓦プレイスの一角でブリックホールを出店。カフェ経営に加え、ライブイベントや結婚式などもできるイベントホールの運営も手がけるようになりました。


▲有名アーティストのライブから結婚式まで、いろんな用途に応えるブリックホール
イベント運営に興味を持ったのは、エスプレッソバー時代に地域づくり団体「紫川マイタウンの会」に加わった経験が大きかったと新開さん。
「水上ステージでのライブや花火、期間限定の海の家など、まちの賑わいをつくる大型イベントの企画・運営に携わったことで、イベント企画の楽しさを知りました」
現在、黄金市場商店街の組合長を務める新開さん。その経験は自らの店舗だけでなく、32回を数える黄金市場の風物詩「夜市」の運営などにも生かされています。
店に飾られた、娘さんの”書”

事業を拡大しつつも変わらずに営業を続けるホッテントットコーヒーは、てるみさんが毎日店に立っています。店の壁に飾られた力強く味のある書について、たびたびお客から「どなたの作品ですか」と尋ねられるそう。実はこれ、知的障害のある新開さんご夫妻の娘さん・美世さんが手がけたものです。
きっかけは、通っていた書道教室の先生が美世さんの才能を見出し、作品が少しずつ増えていったといいます。ブリックホールで開かれた画家・黒田征太郎さんのイベントで、新開さんが美世さんの作品を見せると、黒田さんが「僕も落書きしていいか」と、5分間の休憩時間に花の絵を描き加えてくれたことから、ふたりの交流が始まりました。
以来、黒田さんとのコラボレーション作品が生まれ、店にはあたたかなエピソードを持つ作品が増えていきました。美世さんは今も書を続けており、コンクールへの出品や、カレンダー・干支の絵の制作も行っています。
お客さんは、大きな家族のような存在

現在のホッテントットコーヒーは、席数7席のこぢんまりとしたカウンターとコーヒー豆の販売を行っています。豆はブリックホールに導入した最新型の焙煎機でローストしたものです。


▲ブリックホールでは22種類の生豆から好きな豆を選び、8段階の焙煎度からロースト具合もオーダーできる
「昔はエスプレッソも出していましたが、今はサイフォンに切り替えました。抽出を待つ時間そのものがお客様とのなにげない会話の時間になるんですよ」とてるみさん。
てるみさんとの世間話を楽しみに通う常連客も多く、「歩いて通うのが日課」という一人暮らしの高齢者もいるほど。地域の憩いの場にもなっています。
近年は北九州市立大学の学生が黄金市場商店街内で月に1度開く「学生喫茶」の後押しもしており、若い世代との交流も増えてきたそう。新開さんが機械と豆を提供し、学生たちがカウンターに立って地域のお客様と交流するこの取り組みは人気が高く、コーヒーを出しながらスマートフォンの使い方を教えたり、人生相談に花が咲いたりと、世代を超えた交流の場にもなっているようです。
「常連さんは、コーヒーというより会話をしに来てくれる方が多い」と語る新開さん夫妻。40年という時間の中で積み重ねてきたのは、コーヒーの味だけでなく、こうした一人ひとりとの関係そのものなのかもしれません。これからも変わらず店を開け続けたいと、夫婦は静かに語ってくれました。
「お客さんは、私たちにとっても大きな家族のような存在です」
ホッテントットコーヒー 新開俊仁・てるみ

ホッテントットコーヒー
北九州市小倉北区黄金1-2-21
TEL:093-941-6560
営業時間:10:00〜18:00
定休日:日曜、祝祭日
席数:7席
取材・文/写真:岩井紀子

