魚町銀天街沿いからサンロード魚町へと続く中屋ビルの小径を通り抜ける途中に、ひっそりとのれんを掲げる書店「よみどころ くるり」。ここにちょっと面白い経歴の店主がいるとの噂を聞き、取材に訪れました。絵本から歴史書、哲学書まで、独自の選書眼で集めた本を、コーヒーやワインを飲みながら読める自由なスタイルの書店。店主・針金 淳さんのこだわりと生きざまが詰まった隠れ家を覗いてみました。
アートの島「直島」の立ち上げに関わる
瀬戸内海に浮かぶ香川県・直島をご存じでしょうか? 安藤忠雄建築の地中美術館やベネッセハウスミュージアムなどの美術館をはじめ、島内には自然と融合した現代アート作品が点在し、瀬戸内アートの先駆けとなった島です。瀬戸内の島々を舞台に3年ごとに行われる現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭」開催のきっかけとなった島でもあります。
その直島のプロジェクトの立ち上げに関わった人物が、「よみどころ くるり」の店主、針金さんです。
当時、通信教育で知られる福武書店(現ベネッセコーポレーション)に勤めていた針金さんは、
『瀬戸内の島に、子どもたちを集めて、直に子どもたちのためになることをやりたい』という、直島での新しいプロジェクトに参加することになりました。
「当初は何もなかったところを徐々に整備して、直島国際キャンプ場を作りました。直島で子ども向けのキャンプは10年くらい続いたと思います。その間に直島という自然と人のつながりを感じられる場所を、子どもだけでなく、大人にも感じてもらおう、自然と人とのつながりの媒介をするのはアートだ。泊まれる美術館を作ろうという話が持ち上がりました」
直島では、針金さんが関わった子ども向けのキャンプの開催を皮切りに、安藤忠雄設計の美術館とホテルが一体となった施設の建築、現代アートの屋外展の開催、直島の町内にアートを展開する家プロジェクト、ホテル棟の完成、地中美術館の開館と、直島町をまきこみながらプロジェクトは、今も進化を続けています。
直島が一躍アートの島として生まれ変わるまさにその瞬間、針金さんはそのプロジェクトの現場にいたというわけです。
元々、本に関わる仕事がしたかった
直島から離れた針金さんは社名変更の業務を担当しCM制作からブランドコミュニケーション、イベントの運営など携わった後、30代後半で独立。イベント会社を立ち上げ、大小様々なイベントの仕事を生業にしていました。そんな針金さんはなぜか、50代に入って渋谷で小さな居酒屋を始めます。
「イベントって請負仕事でしょ。ただ受けた仕事をこなしていくだけじゃこの先つまんないなーと思って。50代になってから自分で居酒屋を始めました」
元々本が好きで出版社に入社した針金さんは、ようやく本に携われる場所づくりを実現しました。料理の腕を生かして、つまみをアテに酒と本を楽しむ一風変わった店は東京・渋谷で7年続きました。古書店も兼ねており、針金さんの好きなものが詰まった場所であり、センスを発信できる場所でもありました。
そんな針金さんが奥様の地元である北九州にやってきたのが2017年ごろ。しばらくはゆっくりしようと思っていたといいますが、一時、北九州市が高齢者の生きがいづくりや社会参加を促進するためにつくった「いきがい活動ステーション」で活動。そこで男性のシニアの方々が、定年後のことをあまり考えていないのではと感じたといいます。50代で居酒屋を始めた自身とも重ね合わせ「一歩踏み出してもいいんじゃない? と思うし、そのためには50代くらいからそういうことを考えておかないといけない」と針金さん。よみどころ くるりには、そうした針金さんの思いも込められているように見えます。
本のある“居場所”をつくりたくて
よみどころ くるりは、小さなセレクト書店として2023年5月にオープンしました。
「以前の店は『本が読める居酒屋』だったから、今度は『酒が飲める本屋』をしようと思って。やっていることは一緒なんですけどね(笑)」と針金さん。本のある場所と居場所づくりを一緒にやりたかったといいます。
「最近ではまちの本屋さんが少なくなっていますが、個性のあるちいさな本屋さんがあちこちにできてきています。うちでは絵本から哲学書まで幅広く、いいなと思ったものだけを集めています」
その中でも特におすすめしたいのが絵本だといいます。
「歳をとってくるとなかなか本を読まなくなるけど、絵本なら気軽に読めるし、声を出して読むのもいい。絵本は子どもだけのものではなくて、大人が読んでも十分感動できるんです。子どもの頃に読んだ時、我が子に読み聞かせた時とはまた違う気持ちで読めるのでおすすめしたいですね」
最近では絵本の読書会、短編の読書会も始めた針金さん。その日用意された50〜60冊の本の中から好きなものを選んで読み、感想を言って、誰かが朗読する。くるりの読書会の良さはについて、針金さんはこう話してくれました。
ここでしか出会えない、本との出会いがある
また、くるりの最大の魅力のひとつは、ここでしか出会えない本との出会いにあります。針金さんの元には、さまざまな相談やリクエストが寄せられるといいます。「歴史の本で優しい本はどれ?」とか、「孫が何歳なんだけどおすすめは?」という相談のほか、「今ちょっと落ち込んでいるのだけど何かいい本はないですか?」なんてリクエストもあるといいます。
「自分で本を選ぶと、どうしても偏ってしまいますよね。特に最近はネットで本を買うと興味がありそうなものばかりを紹介されてしまって横の広がりが全然なくなってしまう。かといって大きな書店さんにいくと今度はどれを選んだらいいかわからなくなる。そういう時に本の説明をきちんとして興味が湧いてちょっと読んでみようかな、と思えるように、本について少しお話をしています」
普段は手に取ることのないような本と出会いうことができるのは、針金さんがコンシェルジュとなって丁寧に説明してくれるからこそ。それができるのは、この店の選書が、「まず自分が読んだ本を揃えた」ことにあります。そこから知人や知り合いの出版社を通じて本をセレクトし、テーマ性を持った書棚ができあがっています。
針金さんの出身である福島関係の書籍を譲ってもらったり、絵本でも建築系のもの、戦争を扱った絵本を集めてみたり。また、小さな書店の本を集めたセレクト棚があったり……。その選書はマニアック。大きな書店には決して並ばない本に出会えるのも魅力です。
グラスを傾けつつ本と向き合える場所
だれもがふらっと立ち寄ることができる“居場所づくり”を目指しているくるりでは、席料としてドリンクを1杯頼めば、店内にある本を席でゆっくり読んでもいいし、自分の本を持ち込んで読んでも構いません。コーヒーやハーブティ、グラスワインを飲みながら、読書やおしゃべりが楽しめるのも特徴です。
「いろんな形で、本を接点にして何かできればいいなと思っています。まだまだ思い描いた本屋の2割くらいしかできてないですけどね。ほかの店との連携もできたら面白いと思います」と針金さんの構想はまだまだ膨らんでいる途中です。
65歳を迎えた針金さんは、いろいろな人との繋がりを作っていれば、人生面白く活動できるんじゃないかと考えています。その基本は「みんなの居場所」があること。
よみどころ くるりは、本を通じて人々が立ち寄ったり、出会ったりできる場所。時にはお茶やお酒を飲みながら語らったり、静かに読書にふけったり。世代に関係なく楽しめる「本」を媒介にした場所だからこそ、自由に、生き生きと暮らしていくためのコミュニティなりうるのだと感じます。
「今後はもっと本の紹介をしていきたいですね。本の内容がわかるように数冊週替わりのおすすめ本を並べて、ここに来ればなにかに出会えるようにしたいですね。あとは、席数も増やしてもう少し落ち着く場所にしていきたいし、ちょっとしたつまみも出していけたらいいな」 針金さんの目指すみんなの居場所はまだまだ進化していきそうです。
「本を読むことは違う誰かや違う自分、人生で経験できないワクワクに出逢えること。『くるり』という場所が本に囲まれた居場所、誰かの『本』のような存在になれたらいいな」
よみどころ くるり 店主 針金 淳
よみどころ くるり
北九州市小倉北区魚町3-3-20 中屋ビル1Fビッコロ三番街
営業時間:12:00頃〜19:00頃
定休日:水、日曜(その他不定休あり)
SNS:Instagram/Facebook
取材・文/写真:岩井紀子