JR小倉駅から繁華街へと向かう最初のアーケード商店街・小倉駅前商店街。その入り口にあるベーカリー「シロヤ 小倉店」といえば、北九州市民なら知らない人がいないほどの有名店です。とろりしたたる練乳がたっぷり入った「サニーパン」と、ひと口サイズの懐かしいフワとろ「オムレット」はこの店の2大名物。開店前から行列が絶えず、週末になるとその列は40mほど離れた吉野家の角まで伸びることもあるのだとか。
1950(昭和25)年の創業から73年。変わらずに愛され続ける北九州自慢の名店にお話を伺いました。
また食べたくなる、素朴な味わいが魅力のサニーパン
まるで「アルプスの少女ハイジ」に出てくるような、素朴なビジュアルのサニーパン。ころっとかわいい手のひらサイズだからといって、勢いよくかぶりつくのは厳禁!なのはお馴染みのところ。ソフトフランス生地にしっとりと染み込んだ練乳がじゅわっと溢れ出します。
シロヤといえばサニーパン、といわれるほどの看板商品は1966(昭和41)年に誕生し、今ではテレビでもたびたび取り上げられ、その人気は全国区となりました。
「太陽のように明るいイメージ」から名付けられたサニーパンは、まさに人々を明るい笑顔にさせる、甘く優しい味わいが魅力です。 「シロヤのパンは、『中種(なかだね)法』というかなり手間のかかる作り方をしています」と話してくれたのは、店長の戸塚将太さん。多くのベーカリーが一度に全部の材料を混ぜて生地を仕込む『ストレート法』でつくるなか、シロヤは創業当時から手間と時間がかかる製法を守っているといいます。
「小麦粉の一部と水、パン酵母などを混ぜ合わせて発酵させ、そこから残りの材料を加えてもう一度発酵させて生地を作ります。この二段仕込みにこだわっているため8時間以上かかりますが、シロヤを昔から知っているお客様にも、昔と変わらない味をお届けしたいから、作り方も材料も変えることはまったく考えていません」と戸塚店長。
長い歴史のなかで、ずっと愛され続ける商品を変わらずに提供するのは大変なこと。この春から原材料の高騰により1個120円に価格改定をしたそうですが、それでもその安さはシロヤのパンが親しみやすい理由のひとつです。
「小倉店は若いお客様が多いのですが、工房の中にいても学生さんが『あ、サニーパンだ!』って話している声が聞こえてくるんです。先日は80代のお客様が『若い頃から来よるんよ』と声をかけてくださいました。それだけ幅広い世代に認知されているのは嬉しいことですね」
「サニーパンが売り切れると、集客に響く」というほど、この店を訪れるお客のほとんどが購入するサニーパン。平日であれば2,500個、週末は4,000個(コロナ前の週末は6,000個!)を売り上げる、正しく看板商品です。
一つひとつ、手間をかけたフワとろ「オムレット」
サニーパンと並ぶシロヤの顔といえば、ふわふわのスポンジ生地でホイップクリームを包み込んだオムレットです。先代の社長が現社長である娘の由布子さん誕生の際に、その小さな手を見ながら思いついたというケーキ。子どもたちにも食べやすい小さなサイズのケーキにはそんな物語が残されています。
戸塚店長は、コロナの前、正月休み明けのオムレットの売り上げが特に記憶に残っているといいます。 「小倉店だけで、2日は12,000個、翌日も10,000個も売れました。小倉に帰省されている方も多いのもあると思いますが、1日中ずっと行列で、売り場も工房もずっとフル稼働でした。子どもや孫の代まで受け継がれるよう、なくしてはいけない商品だと実感しました」
全店舗で販売するオムレットの生地は、すべて小倉店の工房で作っているそうで、その数はなんと1日10,000〜13,000個。クリームを入れる作業はこの春新設した鞍手の工場で行うようになったといいますが、それでもやはり店舗奥の工房には手作業でクリームを詰める光景がありました。オムレットも1個50円を5個セットでの販売へと切り替わりましたが、「なるべくお求めやすくというのが昔から変わらない姿勢」だといいます。
昭和生まれの筆者も、子ども時代に父親がたまに買ってきてくれるオムレットが嬉しくて、兄と争って頬張った記憶があります。シロヤの製品には、それぞれの人の思い出がたくさん詰まっている。だからこそ忘れられない味として愛されるのでしょう。
シロヤファンのため、閉店後も24時間稼働
シロヤは八幡西区の黒崎本店、藤田店、小倉店と、地元北九州の店として親しまれてきましたが、2015年にJR博多駅の博多デイトス内に「博多いっぴん通り店」をオープンさせ福岡市に進出。今ではレイリア西鉄大橋駅店も増え、福岡でも人気を博しています。
北九州以外の出店で、戸塚店長は改めてシロヤファンの熱量に驚かされたといいます。
「博多駅のいっぴん通り店は北九州以外では初めての店舗でした。その頃は全店舗とにかく倒れそうなほど忙しかったのですが、ある日、朝から店にお客様から電話がかかってきたんです。そのお客様は博多にシロヤができたことがどんなに凄いことかを熱弁されていました。昔からシロヤが大好きで、北九州以外にシロヤができた喜びを聞かせてくれたんです」
それはきっと北九州のソウルフードともいえるシロヤのパンが、福岡に進出する喜びと誇り。シロヤファンの熱量を感じ、頑張らなければと思わせてもらえた瞬間だったそうです。
取材をして初めて知ったのですが、シロヤの工房は24時間休みなく稼働しているのだそう。店のシャッターを下ろした後は、夜勤担当のスタッフが次の日のパンを朝まで焼いているそうです。それもこれも焼きたてのおいしいパンをお客に届けるため。
「長い方だと30〜40年勤めている職人もいて、一朝一夕ではできないすごい技を持っているんです。まだまだ追いつけないところがたくさんあるので、先輩職人の技を身近で見て、ちょっとでもいいものを作れるようになりたい」と入社して11年目の戸塚店長は熱く語ります。
この春から鞍手に新しい工場を開設し、これまでアナログだった作業も少しはラクになったといいます。とはいえ、手作りのいい部分を残しつつ、機械に頼れるところは頼りつつのいいバランスを目指しているのだとか。かかる手間をできるだけ価格に響かせず、変わらない味を守る。今、シロヤは進化の時だと言えるのかもしれません。
県外・海外からシロヤを目指して訪れ、並んでくれる
小倉店の店頭に立つ販売主任の諫山大輔さんも子どもの頃からシロヤのパンに慣れ親しんできたひとり。「入社してまだ半年ちょっとですが、まず行列の長さ、人の多さに驚かされました。改めてうちの店の人気のすごさを実感しました。それと、特に最近はアジア系の旅行者の方も多く、みなさん母国語で紹介されたサイトの画像を持って来られるんです。うちみたいなちっちゃなパン屋さんが海外のサイトで紹介されているのは本当にすごいことだなと思いますね」
シロヤの魅力は看板商品だけでなく、そのほかのパンのおいしさにもある。小倉の老舗サンドイッチ店「OCM」さんがシロヤのイギリスパンを使っているのはお馴染みで、そのほかにも近隣のホテルや喫茶店でもシロヤの食パンを使う店は多いのだそう。
また、自社で販売するサンドイッチも具材はすべて店内で手作り。「たまごサンドなんかは現社長のお母様が開発され、その時のレシピを今も守って作っています。出来合いの具材じゃ絶対に出せない、優しい味わいは、お母さんの味だからでしょうね」と戸塚店長。
▲コロナ禍で一時は販売を控えていたサンド類も、徐々に元に戻りつつある
「シロヤのパンは正直、見た目の派手さはないんです。素朴ですけど、どの商品を食べても初めて食べるのにどこか懐かしい味だなと思うんですよね。いつ行っても同じパンがある安心感。変わらない味。そういうシロヤのいいところを今後も残していきたいですね」
「受け継いでいかなければならないものを、ずっと続けられるように」
シロヤ小倉店 店長 戸塚将太
シロヤ 小倉店
北九州市小倉北区京町2-6-14
TEL:093-521-4688
営業時間:10:00〜18:00(売り切れ次第閉店)
定休日:なし(元旦のみ)
HP:シロヤ
SNS:Instagram、Facebook
取材・文/写真:岩井紀子