北九州市民に大きな衝撃を与えた旦過市場の大規模火災。2022年4月の火災では42店舗、8月の火災では45店舗が被災し、焼損した延べ床面積は合計で約5,200㎡を上回ると言われています。
旦過市場では、復興に向けて寄せられたたくさんの支援を活用し、10月までにすべてのがれきを撤去。整地された被災エリアに仮設店舗の設置を予定しています。その第一歩として、12月に旦過市場のアーケードに面した一角に「タンガレンガ広場」が整備され、被災した店舗がテントでの営業を再開しました。
復旧から復興へと向かう旦過市場のシンボルとして賑わうタンガレンガ広場について、関係者にお話を伺いました。
被災店舗がテント営業。市場の活気が蘇ったレンガ広場
その広場があるのは、旦過市場北側の入り口を入ってすぐの場所。レンガを敷き詰め、白いテントが旗めく広場の両サイドでは、被災した店舗が元気に営業をしています。取材をした1月現在、ここで営業しているのは「吉永青果店」、「海産物のやまいち」、鮮魚店「武藤本家商店」の3店舗。
吉永青果店は、被災翌日から市場奥にある旦過中央市場で営業を再開していましたが、「やっぱりアーケード沿いに出て来られてよかったです。立ち寄ってくれるお客さんの数も違うし、新しいお客さんもずいぶん増えたんですよ。商品の陳列も見やすいように心がけています」と看板娘のマリリンさん。北風の吹くテントには、店の名物でもある床漬けを守り続けるお父さんの姿も。新鮮な野菜に次々に次々とお客さんの足が止まります。
市場内で間借り営業を続けていた海産物のやまいちの吉野さんは、「ここに移って、ようやくたくさんの商品を並べることができるようになりました。馴染みのお客さんから『待ってたよ』と声をかけてもらえたのは嬉しかったですね。屋外のテントなので天候に作用されやすい場所ではありますが、みなさんに喜んでもらえるようがんばりたいと思います」
店頭に並べられた煮干しいりこが飛ぶように売れ、賑わっていました。
▲いりこやちりめん、明太子など、品揃え充実のやまいち。なかでも銀さけ切身は人気商品
奥のテントでは武藤本家商店がうなぎの炭火焼きをおこなっています。おおむね午前中に広場で焼き上げたうなぎは、旦過中央市場内にある店舗で販売されています。
復旧から復興へのターンへ。市民と作り上げたレンガ広場
更地となった被災広場の活用方法が検討される中、タンガレンガ広場はどのような思いで整備されたのでしょうか? お話をしてくれたのは、旦過市場商店街の広報を担当する、「いぶしや」店主の林さんと、旦過総合管理運営株式会社の田中祥隆さんのおふたりです。
林さん:市民のみなさんからいただいた募金を商店街としてどう活用していくかを検討していく中で、仮設店舗建設の前段階として、九州工業大学の徳田研究室の学生さんが中心となって、タンガレンガ広場プロジェクトが立ち上がりました。計画からデザイン、素材選びなども彼らが率先して進めてくれました。
地主さんも場所の利用を快諾してくださり、建築においては資材を安く提供してもらったり、テントのメンテナンスまでしてもらったり。たくさんの方々の「旦過市場になにかしてあげたい」という思いのおかげで、スピード感を持って形にすることができました。
▲旦過市場と歴史的なつながり深い小倉城の廃瓦も寄贈され、メッセージが書き込まれた
広場のレンガの敷設も、復興イベントとして多くの人の手で行われました。多くの市民や地元球団「福岡北九州フェニックス(現・北九州下関フェニックス)」の選手が参加し、みんなでひとつずつレンガを敷き詰めていきました。 12月3日には4店舗が仮設テントでの営業を再開。また、クリスマスにかけては北九州青年会議所と市内の中学2年生による「Kitakyushu Dream Summit」によって植えられた生木のクリスマスツリーをイルミネーションが彩りました。
田中さん:火災では、旦過の約半分の店舗が焼失しました。もちろん悲しいことではあるんですが、旦過市場がどれほど愛されているかを実感する機会になりました。街頭募金に立った時は、旦過には馴染みがないであろう高校生くらいの子の募金も多くて、本当に嬉しかったですね。
それに、ほかの商店街の方からも「旦過は商店街のトップランナー。だからこそ復活してもらわないと商店街の未来はない」と応援していただけたことも力になりました。“市場はビジネスではなく、コミュニテイであり、まちの中心だ”という言葉に、旦過市場という日常がどれほどの財産だったのかということに気付かされました。
「お客様や市民のみなさんに盛り上げてもらったことが、市場で働く人にとって、なによりエネルギーになった」という田中さん。だからこそ、募金を使って作るレンガ広場プロジェクトでは、一円も無駄に使わないように、“適切に、最高の使い方をする”ということを1番に考えたといいます。
プロとして満足を提供すること。それが旦過市場の魅力
田中さん:旦過市場が1年の中でいちばん賑わうのが年末です。火災後初めての昨年末は「もうお客さんに来てもらえないかも」と心配もありました。それでもたくさんのお客さんが市場に足を運んでくれて、私たちも近況をお伝えすることもできました。去年の年越しは市場のみんなにとっても特別だったと思います。100点満点は取れないけど、今できる精一杯で年越しができたと思います。 「『いらっしゃいませ』に込める気持ちの重さが違った」と語る田中さんは、時折涙を拭きながら、これまでの思いを話してくださいました。
今でも時々「九州まぐろ」の店頭に立つという田中さん。林さん曰く「お客さんの心を掴むのがうまい」のだとか。そんな田中さんは、以前出会ったご高齢のお客様の言葉が忘れられないと言います。
田中さん:その方は「旦過にはなんでもある」と言ってくださったんです。「旦過に来れば欲しいものを選び出してくれる」と。
市場の良さって、プロがそのお客さんの今日の献立を真剣に考えて、その人のための商品を送り出すところにあると思うんです。いつ食べるのか、誰が食べるのかによって勧めるものが変わってきます。お客さんと話をしながら勧める商品には「その人を幸せにしたい」という思いや真心が乗っかっています。そこがお客さんの満足につながるのだと思うんです。
買う予定でなかったのに、思いがけない食材や商品と出会えるのが旦過市場の魅力のひとつ。
そんな旦過市場の再起、復興には多くの人の思いや願いが込められているのではないでしょうか。
林さん: タンガレンガ広場は2023年3月までは現状のまま、仮店舗での営業を続けます。4月以降は整地した被災エリアに建てるプレハブの仮設店舗で、より多くの店が営業再開する予定です。
旦過市場が復旧から復興へ向かっていく中で、タンガレンガ広場のように目に見える形で復興の節目を知っていただくことも大事だと思います。最後にみんなに「よかったね」と言われるよう、これからも模索しながら復興に取り組んでいきたいと思います。
「この1年、泣くことが多かったけど、嬉し涙しかなかった」という林さんの言葉はとても力強いものでした。
取材/撮影:岩井紀子