2017年のオープンから6年半。京町銀天街にすっかり根付いた「元祖 京家」は小倉名物のよもぎ肉うどんの店です。取材中もひっきりなしに訪れるお客は、地元商店街の重鎮をはじめ、若者から外国人観光客までさまざま。フレンドリーな接客で、お客との距離感が近いのが印象的な店です。
よもぎ麺がほのかに香る、“どきどき”系肉うどん
醤油ベースの濃いめの出汁と、ほろほろになるまで煮込んだ肉が特徴の京家の肉うどん。通常の白い麺もありますが、ここで食べるべきは、色鮮やかなよもぎ麺です。
「僕がうどんの修行をしたのが、よもぎ麺を使った北区泉台の「きむら家」だった流れで、小倉のまちでは少なくなったよもぎ麺を出すことにしました。よもぎは元々万能な薬草ですし、ほうれん草の10倍くらい食物繊維があるので、女性にも喜ばれると思い、始めました。麺に練り込むよもぎの分量が多すぎるとクセが強くなりすぎるので、ほんのり香るくらいに調合し、子どもでも食べやすい麺に仕上がっています」と話すのは店主の中本 隆さん。
ゴロゴロと入った肉は、すじ肉を使用。約3時間かけて、甘辛くじっくりと煮込んであり柔らかです。脂身など余分なところを丁寧に取り除いてあるので脂っぽくなく、濃い目に見える醤油出汁も、食べてみると実はあっさりとしています。よもぎ麺もクセがなく、食べているとほんのり香る程度。出汁と肉の甘みのバランスも良く、まろやかな味わいです。
「肉の脂を入れすぎるとギトギトして臭みが出ますから適度に残しつつ、女性や子ども、現場仕事の人、サラリーマンなど、どなたにでも合う味を目指して、さっぱりと食べられる優しい味になるようにしています」
おいしかったと言ってもらえることが励みになるという中本さん。リピート率も高いといい、夕方前の取材中も近隣の飲食店の人、若者のグループ、外国人観光客などが次々に訪れていました。
みんなの善意を子どもたちのために
中本さんはうどん店の経営と並行して、子どもたちの支援にも力を入れています。
京家では18歳未満であれば、だれでもいつでも無料で肉うどんが食べられる取り組みを続けています。その資金に充てるため、10月からうどん類の料金を50円値上げ。支払いの際に付箋に名前を書いてもらい、店内に貼っています。
値上げ分が子どもたちへの支援に使われることを説明されたお客は「みんないい顔をして帰っていかれる」と中本さん。気にはなっているけれど支援の仕方がわからないという人でも、ここに来ればうどんを食べた代金が子どもたちに還元され、募金もできるとなれば、いい気持ちになれるのも頷けます。
さらに2023年の6月からは本格的に子ども食堂の開催も始めました。
そのきっかけは、東京・歌舞伎町で活動する支援団体「日本駆け込み寺」を視察に行ったことだといいます。
「『東横キッズ』と呼ばれる子どもたちがいて、彼らの支援をしている姿を見たのが子ども食堂を始めたきっかけです。北九州にも僕らの目につかないところで、ごはんをちゃんと食べられない子、虐待を受けている子がたくさんいる。京家には心を病んでいたり、相談を持っている方、色々な悩みを抱えた方が来られます。彼らに食事を提供したり、話をしたり、相談に乗ったりしてきた中で、ここを“居場所”にして、子どもたちはもちろん、お父さんお母さんも含めて集まれるような場所にしたいと思いました」
現在、子ども食堂は月に1回開催。前回は95人が足を運び、回を重ねるごとに参加人数も増えてきているといいます。提供されるのは、京家の肉うどんをはじめ、協賛してくれる飲食店が持ち寄ってくれるおにぎりや卵焼き、エビフライなど。店内に飾られた子どもたちの色紙からも、愛に溢れた温かい時間だったことが想像できます。
最初は大人と一緒に来ていた中学生が、自分たちだけで来たりすることもあるそう。そういう子どもたちと話をして様子を聞いたりする中で、ボランティアたちも「来てよかった、楽しかった」と言ってくれるといいます。
「子ども食堂は、僕の繋がりの中で協力してもらえるいろんな方の手を借りて、周りのサポートがたくさんある中で、成り立っています」と中本さん。取材中も元警察官という人が、支援金を持って訪れていました。
背負ってきた過去を今に生かして
オープン当初も話題となりましたが、京家店主の中本さんは、元暴力団構成員という過去を持っています。一念発起し社会復帰として京家を立ち上げた頃は、大変なこともあったそう。
「オープンしたては元ヤクザっていうのが先行した時もありました。コロナもあってお客さんが減ってからは夜も店を開けるようにして努力し、大儲けはできないけど、地道にやることで人のありがたさも感じたし、周りの人が支援、応援をしてくださるから自分のやりたいことができる。嫌がらせを受けたことがあるけど、そういうことも含めて『社会復帰をする』ということですから。通るべき道を通らないと、日本って甘くないですからね」
自身も貧しい家庭で育ち親がいない状態だったという中本さん。だからこそ、児童養護施設や自立援助ホームなどを回ることにも精力的に力を割いている。
「支援が必要な子どもたちって普段の姿からは見えないものなんです。施設にいる子はごはんは食べられるし、生活面は保障されているけど、閉鎖されたところにいて人と触れ合うことが少ない。学校に行きたい子もいれば、就職したいという子もいたり。7〜8割の子が虐待を受けていたりしますし。そこには『トラウマ』と『愛着』と『執着』が複雑に重なっているんです。親の意識を子どもたちの将来に向けて欲しいと思うし、僕が1人でなにかできるわけじゃないけど、一緒に肉うどんを作ったりして触れ合う中で、世界を広げていって欲しいと思います。その入り口が僕でもいいのかなと思いますね」
児童養護施設などでの支援のほかにも社会復帰支援や地域社会貢献など、いろんなことをやっている活動の中で、「子ども食堂」は大人にとっても子どもにとっても“居場所”になることを目指している中本さん。ここが入り口になって、みんなの意識や視野が広がり、自発的に感じてくれたらいいと言います。
支援の輪が広がり、生きやすい世の中に
中本さんはそんな子どもたちや生きづらさを抱えた人たちに向き合うとき、本気で向き合い、触れ合うことを大切にしているといいます。
「痛みを抱えた子たちは敏感だから、見せかけで触れ合うとすぐわかるんですよ。怒る時は怒るし。変に気を使うとだめ。人として向き合うことが大事ですね」
京家を誰もがSOSの声を上げられる居場所にしたいと考え、中本さんは支援のための会社も立ち上げました。そこには「本気でやらないと何も見えてこない。誰かがやらないと」という思いがあるといいます。
「将来的には子ども食堂がうちの店だけでなく、次回はこの店で、というように他の店にも広がっていったらいいと思います。そうすると居場所が広がっていきますから。簡単にできることではないけれど、その時は僕たちがお手伝いに行けばいい。いろんな支援の仕方があって、これが正解、はないですから」
ヤンチャなそうな感じの子でも、案外行儀がいいし、ちゃんと「ありがとう」とか「ごちそうさま」が言える。そんな姿を見ると嬉しくなるという中本さん。子ども食堂という実績は、実直に生きてきた中本さんが得た信頼の証でもあります。
「開店当初は変な輩が集まる懸念もあったと思いますが、まちの人も応援してくれて、やっと子ども食堂という形で居場所が作れたことで、理解はしていただけたと思います。
みなさん色々背負っているけど、すべては本人の覚悟次第。『この人ほんとにがんばってるな、舞台を変えて一生懸命やってるな』ということが周りに伝わったら、支援をしてくださる方はいっぱいいます。それを僕は少しですけど背中で見せているつもりです」
「毎日が修行。ちゃんとまっすぐ、本気で向き合う」
元祖 京家 店主 中本 隆
元祖 京家
北九州市小倉北区京町1-2-10 京町プレイス1F奥
TEL:070-2377-0789
営業時間:10:00〜21:00(土日は売り切れ次第閉店)
定休日:火曜(その他不定休あり)
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取材・文/写真:岩井紀子