小倉まちじゅうモール

小倉まちなかコラム

100年床を守りながら、北九州名物「ぬか炊き」の新境地を目指す【宇佐美商店】

旦過市場で北九州の郷土料理「ぬか炊き」を販売する宇佐美商店。市場内にはぬか炊き専門店が3店舗ありますが、この店の特徴はなんといっても店主・宇佐美雄介さんの祖母が嫁入りの時に持参したというぬか床“百年床”を守り続けていることです。

毎日世話をし、大切に育ててきた百年床に野菜を漬けた「ぬか漬け」や、新鮮な青魚などをぬか床で炊き上げた「ぬか炊き」は地元民にとって馴染みの味。 3代目を継いだ宇佐美さんは、伝統の味を守りながら、ぬか炊きを広めるための新しいチャレンジにも取り組む業界期待のホープでもあります。

100年続くぬか床のおいしさを味わえる宇佐美の「ぬか炊き」

▲ぬか床作りから、ぬか漬け、ぬか炊きに至るまですべて手作り
▲ぬか床作りから、ぬか漬け、ぬか炊きに至るまですべて手作り

イワシやサバを醤油やみりん、砂糖で煮込み、最後にぬか床(ぬかみそ)を加えて炊き込むぬか炊き。青魚特有の臭みが消え、ぬか床の風味と旨みがしっかりと染み込んだぬか炊きは、小倉の郷土料理として愛される味です。

ぬか炊きのおいしさの決め手はぬか床の味。宇佐美商店のぬか炊きを支えるのは、祖母の実家から受け継がれてきた百年床です。

「1946(昭和21)年に旦過市場で味噌や食料品を扱う店として宇佐美商店は始まりました。そこに嫁入りした祖母が実家から持ってきたぬか床が非常においしくて、ぬか漬けの販売を始めたのが今の店の原点です。祖父母はお漬物や明太子などを販売していましたが、後を継いだ叔母が、祖母のぬか床を使ってぬか炊きを出し始めたのが今から30年ほど前のことです」

3代目店主の宇佐美雄介さんは、「うちのぬか炊きはちょっと甘味が控えめかなと思います」といいます。

たっぷりの調味料を使って、食材に応じて2〜3時間かけて炊き上げる。宇佐美商店のぬか炊きは、ふっくらとしていて優しい味わいが特徴です。骨まで柔らかく、ごはんがすすむのはもちろん、お酒のつまみにもぴったりです。

宇佐美のぬか炊きは、基本のサバ、イワシに加え、半熟卵を炊き上げた「ぬたまご」、コンニャクのぬか炊きなどもあります。魚は旦過市場内で仕入れた新鮮なものを使います。また、5〜6年前からはスペアリブのぬか炊きという変わり種もラインナップに加わりました。

▲おいしさの柱となるのは百年床。一部はネット販売も行っている
▲おいしさの柱となるのは百年床。一部はネット販売も行っている

「ぬか炊きはどうしても魚が多いので、若い世代にも興味を持ってもらえる商品を作りたくて、知り合いの料理人からアドバイスをもらいながらできたのがスペアリブです。いろいろな食材でも試作していますが、常に意識しているのは、今までになかったターゲットに届くように、ということです」

とはえい、「ぬか床もぬか炊きも特別なことはなにもしていない」という宇佐美さん。

「それは百年床というおいしいぬか床があるからなんです。祖母の時代から受け継いだぬか床の味を、そのままぬか漬けやぬか炊きで味わっていただきたいと思っています」

歴史を重ねた宇佐美商店のぬか床は、まさにこの店の宝。そこには家族の間で大切に積み重ねてきた時間が詰まっています。

発酵食品ブームで注目される“ぬか”

▲江戸時代、小倉のお殿様・小笠原忠真公も好きだったというぬか漬け
▲江戸時代、小倉のお殿様・小笠原忠真公も好きだったというぬか漬け

近年、発酵食品のひとつとして注目される“ぬか”。手軽に始められるぬか床キットなどを販売する店舗もでてきました。かつては多くの家庭にあったぬか床ですが、毎日混ぜないといけない手間、なかなかおいしくできないといった理由から、最近ではぬか床を持っている家庭も少なくなっているようです。

「うちにはぬか床が7樽程度あり、毎日混ぜる必要があるのでやはり手間はかかります。だから最長でもで正月の3日間しか長期では休めませんね。特にむずかしいのが夏場の管理。発酵にいちばんいい気温が22℃くらいといわれているのですが、夏は常温で1日置いておくだけで傷んでしまうため、冷蔵庫で一定の温度で管理しています」

▲唐辛子や塩、昆布などが調合された「漬けぬか」も販売されている
▲唐辛子や塩、昆布などが調合された「漬けぬか」も販売されている

なかなかハードルの高そうなぬか床ですが、自宅でも上手に維持し、おいしいぬか漬けやぬか炊きを楽しむためのコツを宇佐美さんに伺ってみました。

「そうですね、気負い過ぎないのがいちばんいいかもしれませんね。もちろん毎日いろんな野菜を漬けてよく混ぜることは大切なんですが、たとえば冷蔵庫の中にいれて保管していれば、毎日混ぜないといけないものでもないんです。2〜3日放置していてもすぐに悪くなったりはしないので。旅行などで長期間家を開ける時は、冷凍庫に入れておけば大丈夫。ぬか床の乳酸菌や酵母菌は冷凍しても死なないので1ヶ月くらい冷凍してもぜんぜん大丈夫です」

宇佐美商店で販売しているぬか漬けは常時7〜8種類。定番のキュウリ、大根、人参のほか、コンニャク、昆布、キャベツなどが一年を通して漬けられています。季節によって冬場はカブ、夏場は瓜やナスなども増えるそうです。

「どんな野菜をつけるかによってぬか床の味も変わってきます。ぬか漬けって、ぬか床の栄養分をお野菜が吸って、お野菜から出てくる水分や栄養分がぬか床に移るという感じ。どちらにもいい効果があるので、ぜひご自宅でも試していただきたいですね」

ぬか床の味を左右するぬか漬けも、夏場と冬場では漬け込む時間も違うといいます。漬けるものによっても違いますが、夏場は14〜15時間、冬場は20時間くらいが目安だそう。

「漬けはじめて最初の頃はあまりおいしくなかったとしても、挫折せずにしばらく続けていれば、ちゃんとおいしくなると思いますよ。都市伝説的に4〜5つの違うぬか床の菌をまぜるとおいしくなるという説もあります。僕はそれもありだと思います」

IT系サラリーマンから転身した3代目ならではの視点

▲ぬか炊き初体験は10歳ごろだったという宇佐美さん
▲ぬか炊き初体験は10歳ごろだったという宇佐美さん

宇佐美さんがこの店の3代目を継いだのは5年前の36歳の時。この店で働く前は、東京のIT系企業でサラリーマンをしていたそうです。

「父の実家であるこの店には、社会人になってからも年末は必ず手伝いに来ていました。お客さんがある程度ついてくれていることは肌間感覚でわかっていたので、サラリーマンからの転身もあまり不安はありませんでした。2代目の叔母の後を継ぐ者もいなかったですし、いずれ店を畳んだり、誰かに売ったりするのは寂しいなという思いがありました。

年末に手伝いに来ていたなかで、商売自体が好きだと感じていましたし、いい意味で課題もたくさんある業界だと思っていて。それをどうやってもっと良くしていくかを考えることが嫌いではなかったんですよね」

そう話す宇佐美さんですが、ぬか漬けは子どもの頃から身近だった反面、ぬか炊きは叔母が店を継いだ時に送ってきてくれたのを食べたのが初めてだったといいます。

「僕自身はおいしいと思って食べていましたが、ぬか炊きの面白いところは、好きだった人と嫌いだったという人にはっきりと分かれるところなんですよ。うちのスペアリブのぬか炊きを考えてくれた料理人も、宇佐美のぬか炊きを食べて『自分の家のぬか炊きは嫌いだったけど、これはおいしい』と言ってくれました。ぬか炊きは家庭料理なので、ぬか床の味、調味料の入れ方によっても味がぜんぜん違うからなんでしょうね」

宇佐美さんは3代目になって味が落ちたと言われないよう、百年床の管理やぬか炊きの作り方に神経は使っていて、「たくさんのお客さんがおいしいと言って購入しくださる今でも、気を使っているところ」だといいます。

さらに看板商品の品質維持に加え、新商品の開発にも精力的に取り組んでいます。

▲北九州の新しいお土産品として開発したぬか炊きの缶詰
▲北九州の新しいお土産品として開発したぬか炊きの缶詰

「これまでには鰆、タコ、牛すじのぬか炊き、今はジビエのぬか炊きにも挑戦しています。素材によって相性もあり、長時間炊くことに向いている食材が大前提ですね。牛肉は長時間火を入れると固くなるのでうまくいきませんでした。鰆はおいしかったけど、白身魚は淡白なので、脂がしっかりのってないと魚の持ち味が出せないと感じました。牛すじとタコはおいしかったのですが、手を広げ過ぎると回らなくなりそうだったのでひとまずは保留。今後季節商品としてはありかもしれません」

「ぬか炊き」を全国区に押し上げたい

▲陳列された艶やかなぬか炊きやぬか漬けを目にして、思わず足を止めるお客も多い
▲陳列された艶やかなぬか炊きやぬか漬けを目にして、思わず足を止めるお客も多い

今、宇佐美さんが感じているのは、ぬか炊きの圧倒的な知名度の低さ。サラリーマン時代に上司にお土産でぬか炊きを渡し、ぬか床で炊いた魚だと説明した時も「なんだそりゃ、食べられるの?」といった反応だったといいます。

でもそれを、 “いい意味で伸びしろしかない”と考えているのはポジティブな宇佐美さんらしさ。旦過市場の若手のホープとして活動するほかにも「北九州ぬか炊き文化振興協会」の役員として、“2030年までにぬか炊きを明太子のような立ち位置にする”をキャッチフレーズに活躍しています。

「ぬか炊きがテレビなどで取り上げられても、地元に人は『そんな特別な料理かね?』と感じるという温度差があります。その温度差を埋めるためにも、地元でコツコツと価値を感じてもらうことも大事だし、メディアに取り上げてもらえるようなアプローチも必要だと思っています」

特に若い世代は触れる機会が少なく、郷土料理といえども頻繁に食べるものでもないぬか炊き。まずは地元でももっと広めていきたいと考えているそうです。

▲テレビをはじめ、メディアで紹介されることも多い
▲テレビをはじめ、メディアで紹介されることも多い

「食べる頻度が少ないのに、明太子は国内で知らない人はほぼいないし、福岡のお土産といえば明太子というイメージができています。僕は本気でぬか炊きを明太子のような立ち位置にすることを目指しています。

そのためには手に取りやすい商品を増やすこと、イベントやメディアなどを通じてしてもらうこと、成分調査などをしっかりやって体にいいという根拠を提示していくこと、知名度のリサーチをして数値目標を立てることなどが大事だと思っています」

その流れのひとつとして、宇佐美商店では現在、新たな製造工場づくりが始まっています。そこには、ぬか炊きの製造量を増やす以上の前向きな思いが詰まっています。

「商品のレパートリーを増やすこともできるかもしれないし、それ以外の新しい取り組みの可能性も広がってきます。そこで地元の人を雇用できたらまた地域のためになるし。そういうことを積み重ねてステップアップできたらと思っています」

自店の商売だけでなく、ぬか炊きを「北九州の名産品」「北九州に来たら必ず食べて帰る郷土料理」として知ってもらうこと、ぬか炊き業界を盛り上げ、それを引っ張る側の存在になることを考えている宇佐美さん。北九州の食文化を背負うその活動にこれからも注目し、応援していきたいと思います。

「基本に忠実に百年床を守り、ぬか炊き文化を全国区にしたい」
宇佐美商店 宇佐美雄介

宇佐美商店
北九州市小倉北区魚町4-1-30
TEL:093-521-7216
営業時間:10:00〜18:00、日曜・祝日11:00〜16:30
定休日:不定休
SNS:FacebookInstagramX


取材・文/写真:岩井紀子

最近の投稿

アーカイブ