被災地区の瓦礫撤去が10月末に終わり、今は1日も早い復興に向け、日々前に進んでいます。
季節を感じる品揃えにワクワクし、その安さに驚かされる。お買物をしながら交わす何気ない会話で笑い合う。たくさんの店を覗くうちに、ついついあれもこれもと買い求めてしまう。スーパーでは味わえない市場ならではのお買物が楽しめるのが旦過市場の魅力です。
現在、被災した場所は仮囲いで覆われ、通りの景色も変わってしまいましたが、市場で働く人たちは「以前と変わらない旦過市場の賑わいを客様に届けたいという一心で、今日も明るく、元気に営業を続けています。 「北九州の台所」と呼ばれる旦過市場が1年でいちばん賑わうのは、なんといても年末です。旦過市場にあまり馴染みのないという方も、一度足を運び、ゆっくりと店先を見てまわってみてください。きっと旦過市場でのお買物の楽しさを感じていただけると思います。
●伊藤豆菓子店
70年以上愛され続ける伊藤豆菓子店さん。お酒の席のおつまみで見かけるような小さなチョコレートや豆菓子などが袋詰めでずらりと並んでいます。スーパーでは手に入らないようなバラエティ豊かな品揃え。それを吟味するのは「すっごく楽しいんですよ!」
売れ筋は、柔らかくて甘い「千葉県産落花生(ピーナッツ)」。最高級品として知られる半立(はんだち)種にこだわり、毎朝店内で時間をかけて炒ったむき身が店頭に並びます。特に11月頃出回る新ピーナッツの味は格別だそうです!
火災からしばらく経ち、お客様やかつての従業員が「直後は来れなかったけど」とわざわざ顔を出してくれたそう。「心配して来てくださってありがたいし、励みになりますね。店を続けたい、やめられないという気持ちになりますね」
●海産物のやまいち
新鮮でおいしい「乾物」や「明太子」など、日々の生活に密着した商品が愛され30年続いているやまいちさん。2度目の火災で全焼の被害を受け、現在は市場内南側にある他店の店先を間借りして営業しています。
「『だし昆布』や『いりこ』など、切れたら必ずうちに買いに来ていただくようなお客様ばかりなので、店を閉めることは考えられませんでした。『やまいちさんがないと困るよ』という声もたくさんいただき感謝しています」中でも赤ちゃんの頃からやまいちの「ちりめん」を食べ、ずっと成長を見守ってきた小学生の女の子から、応援の手紙をもらったことは格別に嬉しかったそうです。
年末にかけては、「かずのこ」や「いくら」「かに」などのおせち用の食材が揃います。「鮭の切り身」も多い時は100切れくらい売れるほどの人気商品です。お客さまとの距離が近い、生活を支えるような店でありたいと、今日も頑張っています。
●宇佐美商店
百年床の味を守り続ける「ぬかみそ炊き」と「ぬか漬」の店、宇佐美商店さん。店主の宇佐美さんの祖母が嫁入りの時に持ってきたぬか床がその原点です。
「特別なことはしてないんです」というぬか床ですが、減農薬のぬかを使い、毎日手をかけることは欠かせません。「いろんな種類の漬物をつけることで、ぬか床にいい味が出る。それを長く続けていることが、うちの味を作っていると思います」 3〜4時間かけて炊き上げる「いわし」や「サバ」のぬか炊きは、骨まで柔らかく優しい味わい。北九州の郷土の味は休むことない努力で守り伝えられています。
「たくさんの支援を受け、復旧復興に向けて旦過市場全体で前を向いて取り組んでます。年末には例年通りの賑わいを取り戻し、お客さまに喜んでもらえる市場を目指しています」
●奥田精肉店
旦過市場の南寄りにある奥田精肉店さんは牧場直営の精肉店。小倉南区にある自社牧場では、貴重な「小倉牛」を育てており、市内でも数店しかない小倉牛の取り扱い店でもあります。豊かな自然の中でストレスなく伸び伸びと育てられた小倉牛は、さっぱりとした脂と深みのある味わいが特徴。牛肉以外も国産にこだわってセレクトして品揃えしています。
「旦過市場はお客さんとの距離が近いのがいいですよね。いろんな専門店を見てまわる楽しさ、雰囲気を味わいに来て欲しいです」
●旦過うどん
手作りの出汁で味わう「手打ちうどん」と「おでん」が名物の旦過うどんさん。先代から続けて37年。毎朝店で打つうどんは、子どもから年配まで、多くのファンに愛されています。
火災直後で営業ができなかった時には、その日の食材でお弁当を作り、商店街の人に配ったことは話題になりました。「人が喜ぶことが好きだから」という言葉は、あたたかいうどんのように心に沁みます。
「みんな揃っての旦過市場。何十件ものお店がなくなってしまって、寂しく、切ない気持ちです。お客様も戻ってきてくれているので、残って商売ができる私たちは初心に戻って頑張っていこうと思います。お客様の応援が私たちの闘志につながっています」
●赤壁酒店
旦過市場ができる前からこの場所で営業しているという、長い歴史を持つ赤壁酒店さん。趣のある店内で、ふらっと気楽に立ち飲みが楽しめる角打ちとして、旦過でもおなじみの存在です。
地元はもちろん、県外からのファンも多い秘密は「接客はほとんどしない」というスタイル。「もちろん話したいお客さんとは話すけど、こっちから名前とか仕事を聞いたりしません。それが逆に心地いいのかな」と森野さん。常連の中には著名人が多いことも知られています。 とはいえ、親しみやすく飾らない森野さんには、被災した旦過を支援したいという声も多く寄せられるそう。愛される店には愛される人がいる、そんなお店です。
●ハンアリ
旦過のアーケードから中央市場に入ってすぐの場所にある、韓国食材の店・ハンアリさん。「キムチ」や「ナムル」「コチジャン」などの販売のほか、韓国の祝い事や法事料理には欠かせない豚バラ料理の注文も受けています。
この日もお客様が絶えず「チャンジャはここが1番おいしい。なくなったら困るお店です」との声も。「普段韓国の家庭で食べているようなものばかりですけど、平成3年の開業以来、たくさんの人においしいと言っていただいて、ありがたいし嬉しいです」と春野さん。穏やかで優しいお人柄も愛される理由だと感じました。
●新井商店
旦過市場のアーケードから続く中央市場にある新井商店さんは、50年続くホルモン専門店。ショーケースに並ぶ「国産ホルモン」は艶やかで鮮度抜群。柔らかく、脂が甘いのが特徴です。「コブクロ」や「アカフク」といった珍しい部位も揃い、遠方から通うホルモン好きも多いとか。年末やお盆には行列ができる人気ぶりです。
「うちの自家製ダレも絶品なんですよ。ほとんどの方がホルモンに1杯30円の揉みタレを加えて帰ります。家族の中でも誰も作り方を知らない、本当に秘伝のタレなんです」
おすすめはこのタレで作るホルモン鍋。キャベツやもやしなどの野菜を加えて煮込むだけで、ごはんがすすむ濃厚ジューシーなホルモン鍋のできあがりです。
●吉永(政)商店
季節の野菜を販売する吉永(政)商店さんは、父娘の2人で切り盛りしています。アーケード沿いの店舗を消失し、元々旦過中央市場にあったもうひとつの店舗で営業をしています。「火事があっても注文はいただいていたから、翌日からこっちで営業を始めました。辛いけど泣くのは1回だけと決めて。あとは明るく、動かないとね」と話す娘さんは市場のムードメーカー的存在です。
祖父母の代から大切に引き継ぐぬか床を、火事の際に持ち出すことができたそう。「以前から『お父さんの床漬けが食べたい』と言ってくれるお客様が多かったので、喜んでもらえることが、父の励みにもなっています」
●玉置鮮魚店
旦過中央市場に終戦後すぐに店を出した玉置鮮魚店。ご両親が始めた鮮魚店を、かつて東映会館の食堂街で寿司店を営んでいたご主人と引き継ぎ、今は息子さんと一緒に切り盛りしています。
「スーパーのなかった時代は、みんな旦過で買物していたから賑わっとった。でも平成の後半から人が少なくなって、9軒あった魚屋も今は3軒になって寂しいね」と昔話を聞かせてくれながらも忙しく働く元気なお母さん。店にいないと「今日はお母さん、どうしたの?」と常連さんが心配するほどの人気者です。何気ない会話も楽しいチャーミングなお母さんが看板の、愛すべきお店です。
●お茶の山口屋
旦過市場で営業を始めて57年になるお茶の山口屋さん。おしゃれな店舗では、茶葉のグラム売りのほか、カフェスペースもあります。販売するお茶は、豊かな香りと甘味が特徴の鹿児島・知覧茶の一番茶をベースに、自社でブレンドしたもの。「飲み慣れた味をずっと飲み続けられるように」と昔からの価格で提供しており、深蒸し白折「友白髪」500円が1番人気だそうです。
旦過の再開発を見据えてモノレール旦過駅近くにこの店をオープンしたのが4月。しかし1号店である旦過市場内の店舗は8月の火災で消失しました。「子どもの頃から旦過の中で育ったので、元の風景が戻らないのは寂しいですが、人との触れ合いのあるお買物ができるのは旦過ならでは。これからもぜひ足を運んで欲しいですね」
取材/撮影:岩井紀子