魚町一丁目商店街にある「松田楽器店」は、創業は大正15年。商店街の中でも老舗中の老舗です。創業当時は京町に店を構えていましたが、火災を機に現在の場所に移転してきたのが昭和35年。まだ商店街にアーケードがかかっていない時代に、「創業者である祖父母が東京まで出向き、ヤマハ銀座店を真似て当時としては斬新な中2階のあるビルを建てた」と話してくれたのは、4代目の松田 敏秀さん。当時の建物を大切に守りつつ、受け継いでいます。
いつの時代も注力したのは品揃えのよさ
松田楽器店といえば、レコードやCDを買ったという思い出がある人も多いのではないでしょうか。音楽配信が普及した昨今では、CDの販売は伸び悩みの時代ですが、「ご年配の方も買いに来られるので」と、今も変わらず1階の入り口付近にはCDの棚が並びます。
「うちの店がこの場所にできた時には、3丁目に前田音楽堂さんがありました。おそらく一定の距離が離れてないとレコードを卸せない決まりがあったのでしょう、うちはレコードを直接仕入れることができなかったので、福岡まで仕入れに行っていたという話を聞いています。
昔はレコード、その後はCDが全盛期の頃の時代。その時々のニーズに合わせて品揃えは充実させていました。何にしても品揃えが1番だと思っていて、今は楽器の品揃えに重点を置いています」と松田さん。
扱っている楽器の種類がとにかく豊富で、店内を歩いていると、ついキョロキョロしてしまいます。ピアノやエレクトーンなどの鍵盤楽器からギターやベース、ウクレレ、トランペットやサキソフォンといった管楽器、ドラムセットからあまり見慣れない打楽器まで。ところ狭しと楽器が並んでいます。
「地方の小さな楽器屋なので、やっぱり有名ブランドが主力です。ヤマハだったり、ギターだとフェンダーやマーチンなどは、子どもの頃から憧れていてバイト代を溜めて買いにくる、みたいな話も多いです。そういう方に好まれるものを置くようにしています。 鍵盤楽器や管楽器は、先生がメーカーを指定して買われる場合が多いですが、ギターなんかは自分が欲しい好みのものを買えるので、今は1番力を入れているのはギターですかね」
海外の展示会にまで足を運ぶこだわり
▲会場一体が世界中から集まった音楽ファン、楽器関係者で賑わう「MAMM SHOW」
これだけの楽器を揃えていながら、品揃えの内容を問屋任せにせず、独自で情報を集めた上でセレクトしているという松田さん。
「アメリカのアナハイムである世界最大の楽器の展示会「NAMM SHOW」に行ったりもします。世界中から集まる楽器メーカーの最新モデルや特別モデルなどを直接見ることができる展示会です。ギターや管楽器、有名ブランドだけでなく、中国などの新興ブランドなんかも出ていて、全部試奏ができるんです。マウスピースだけとか、ギターの木材だとか、マニアックなものまでいろいろなものが揃います」
わざわざアメリカまで足を運ぶ利点は、最新の楽器事情を目にする以外にも目的があるといいます。 「現地で出会う日本人は、それなりに志が高い人ばかり。メーカーさんとか楽器店の人と友達になれるので、みんなで情報交換ができるんです。仲良くなって帰国後も連絡を取っていると、裏事情も含めいろんなことがわかるんですよ。それが仕入れの目安にもなります」
3年前に行ったNAMM SHOWでは、マーチンのファクトリーツアーに行って、限定品を抽選で購入できる場があり、オーダーギターの材を選ぶくじ引きに当たったのだそう。「ブラジリアンローズウッドという貴重な材を引き当てました。ものすごくいいものなので、みんなでこんな風に仕上げようって相談し自分の店に置いていたんですけど、やっぱり高くて小倉では全然売れませんでしたね(笑)。結局、東京の知り合いの店に置いてもらったらすぐに売れました。北海道から見にくる人なんかもいましたけど、どんなにいいものでも地方ではなかなか売れないのがもどかしいところです」
メンテナンスで飛び回る日々
販売した楽器はしっかりとメンテナンスまで責任を持つのが松田楽器店の特徴。
「僕もピアノ調律士ですし、エレクトーンなどの電子楽器を修理する資格も持っています。ギターはギターリペアマンが、管楽器も専門のリペアマンが修理を担当しています」
最近はネット販売で楽器を購入する人も多いといいますが、「ネットだと買って終わり」と松田さん。
松田楽器店には、ネットで購入した楽器の修理を持ち込まれることもあるそうですが、そのメンテナンスも受けているといいます。「そうしていれば、次はうちで買ってくださったりしますしね。地道にやっています」
販売したらメーカーのパーツが無くなるまではメンテナンスをする、というのが松田さんのポリシー。
「修理がメイン」という松田さんの仕事のやりがいを聞いてみると、諦めていた楽器を修理できた時にお客さんが喜んでくれることだと話してくれました。
「つい最近もお客さんのところに4回くらい通ってエレクトーンの修理をしたり、今週もうちで5年前に買った電子アップライトピアノが壊れたからと、山口まで修理に行きます」
近隣に大きな楽器店がない山口や宇佐まで調律やメンテナンスを行くことも多いのだそう。 「子どもさんにピアノを買ってあげて、大きくなってやめてしまっていたけど、お孫さんができたからまた調律して始める、ということもよくあるんです。使っている間はメンテナンスが必要になるものなので、長いおつきあいになります。ずっとメンテナンスをしていると新しい楽器を買っていただけることもありますし」
ピアノの場合、購入してすぐの方が音が狂いやすいもの。納品して、調律していい音になっても馴染むまで何度も調律を繰り返さなければいけません。「ピアノなんかは大きいものなので簡単に交換返品ができないですから、そういったこともちゃんと説明して、店のおすすめではなく本当にお客様が気に入って選んだものをお買い求めいただくよう心がけています」
数々の楽器を弾きこなすマルチプレイヤー
松田楽器店では昔から4階で音楽教室も開いています。松田さん自身も小さい頃からエレクトーン、クラシックギターを習っていたといいます。大学卒業後は調律学校に通い調律師となり、音楽教室の担当になった時はトランペットとサックス、トロンボーンも習得。さらに小泉改革時代に中学教育に和楽器が導入されることになった際には、学校に販売した和楽器のメンテナンスだけでなく、楽器自体を弾きこなせるようになりたいと考え、箏と三味線の指導者の資格も取ったという努力家な松田さん。
今では、商店街の新春行事「小倉十日ゑびす祭」の松田さんの三味線は欠かせないものとなっています。
祖父母の代から続く楽器店を100年近く続けてこられた秘訣について尋ねると、
「無理なことをしていないからですかね。祖父母の時代は借金をしてこのビルを建てましたけど、経営が苦しかった父の時代は戸畑や黒崎にあった支店を閉めたり音楽教室をやめたりして乗り切り、そのぶん商品を充実させることに充てました。あとは無理のない範囲でビルのメンテナンスをしながら改善している。とにかく無理しないようにしています」
現在は24歳になる松田さんの息子さんも調律師となり一緒に働いており、20歳の息子さんも将来はギターリペアマンを目指しているといいます。
長年小倉の人々に親しまれてきた松田楽器店。すっと変わらないまっすぐな想いを受け継いだ新しい芽が育っています。
「音楽も楽器も奥が深い。終わりがない」
松田楽器店 代表取締役社長 松田 敏秀
松田楽器店
北九州市小倉北区魚町1-3-1
TEL:093-521-1010
営業時間:10:00〜20:00(音楽教室9:00〜21:00)
定休日:なし(年末年始を除く)
SNS:X/Instagram
取材・文/写真:岩井紀子