小倉まちじゅうモール

小倉まちなかコラム

カウンターで、大広間で。積み重ねた歴史を味わう大衆酒場【酒房 武蔵】

一日の終わりにちょっと一杯やりたい時。他県からのお客様を気取らずにもてなしたい時。そのどちらにもぴったりな店というのは、案外ありそうでないものです。

小倉の繁華街のど真ん中、しかも商店街に面した「酒房 武蔵」は、どんなシーンにも合う、小倉らしい酒場として愛されています。

父母が目指した日本一の居酒屋を引き継いで

開店を今か今かと待つ常連客と一緒に暖簾をくぐると、風情ある酒場空間が広がります。

1階はカウンター席、2階は大広間という、今ではあまり見かけない作りは、「創業当初は1階建てで、その数年後に2階を増築して以来、ほとんど店は当時のままなんです」

話してくださったのは、店主の本郷尚義さん。奥様の和世さんと共に、昭和28年に父母がひらいた老舗居酒屋を切り盛りしています。

2階の大広間
▲2階の大広間。間仕切りで仕切られただけのにぎにぎしい雰囲気が、かえって心地がいい

店名の「武蔵」の由来はもちろん宮本武蔵。「日本一の剣豪にあやかって、日本一安くておいしい店にしたいと、父がつけたと聞いています」と本郷さん。

高度経済成長期の魚町は今とは比べ物にならないほど賑わっていて、工業が盛んな土地柄もあり、三交代で働く労働者のために昼の12時から深夜0時まで店を開けていたのだとか。

「創業当時から働いてくれていた従業員が最近までいたのですが、昔は2階の廊下にまでテーブルを出していたほど、お客さんで溢れていたそうですよ」

うまい肴と酒が手頃な価格で味わえる酒場として、当時から小倉っ子に愛されていたようです。

▲店内には剣豪でありながら画人でもあった宮本武蔵の水墨画「枯木鳴鵙図」も
▲店内には剣豪でありながら画人でもあった宮本武蔵の水墨画「枯木鳴鵙図」も

関東でサラリーマンをしていた本郷さんが、帰郷し武蔵を継いだのは30年ほど前。毎日カウンターに立っていたお母様が体調を崩したことがきっかけだといいます。

「それまで店を継ぐことは考えてもいなかったので、自分だけでなく家族にとっても大きな転機でした。ありがたいことに僕が生まれる前から来てくださるお客様もいて、父の話を聞かせてくれたりします。馴染みのお客様のことを思うと、店の造りも料理も接客も、なるべく変えないようにと思っています」

「いまだに『こんな時、父や母だったらどうするだろう?』と考えます」

この店でご両親と一緒に働いた時間はほとんどないという本郷さんですが、小さい頃から見ていたその背中を今も覚えているといいます。

「僕が小倉に戻ってきてすぐに、関西淡路大震災があって、灘のお酒が手に入らなくなったことがありました。その時に父が『震災のためにしばらくはこのお酒を提供することができません』っていうことを筆で書いていたんです。単にメニューから外すのではなく、お客様にちゃんと一対一で伝えるような姿勢はその時に学んだように思います。母が『お客様の目を見て話さないとダメだよ』と従業員に言っていたことも覚えていますね。父母がここにいなくても、そうした姿勢や料理の味は、今もずっと受け継がれています。年配のお客様から教えられることもありますし、長く働いてくれている従業員のおかげでもある。本当にありがたいことです」

▲この日いただいたのは左から、あらだき、合馬の筍のぬか漬け、ごまさば、串カツ(奥)
▲この日いただいたのは左から、あらだき、合馬の筍のぬか漬け、ごまさば、串カツ(奥)

お客様がこの店のいいところを見出してくれている

昔ながらの佇まいからは想像しづらいかもしれませんが、武蔵を訪れる客層は年配の方から女性グループ、若者までと幅広い。その雰囲気はもちろんですが、料理のおいしさ、そしてその安さも魅力です。

「本当のことを言うと、原価とかはあまり考えていないんですよ。お酒に詳しいわけでもないし舌が肥えているわけでもないから、判断基準は自分がおいしいと思うかどうかと、自分が客ならこの値段で食べるかどうか。やっぱり納得のいく味と金額でないとお客様におすすめできませんから」

常に謙虚な本郷さんですが、「一つひとつのメニュー、全部を語りたいくらい思い入れがある」といいます。「厳選と書いているものは、本当に考えて選び抜いたものですから」

▲味のあるメニュー表。価格も安く、少しずついろんな種類を楽しめるのも魅力だ
▲味のあるメニュー表。価格も安く、少しずついろんな種類を楽しめるのも魅力だ

選ぶのはお客様だから、自分がいいと思って出したものをお客さんが認めてくれることがありがたいという本郷さん。「料理とか、値段とか、雰囲気とか、お客さんそれぞれがいいと思うところを見つけて、うちを選んでくださるんだと思います」

▲メニューには「今日も我 酒と武蔵で 蔵(さし)武(む)かい」と、とんちの効いた粋なフレーズが
▲メニューには「今日も我 酒と武蔵で 蔵(さし)武(む)かい」と、とんちの効いた粋なフレーズが

いい人に支えられて、変わらずに一歩一歩

まもなく創業70年を迎える武蔵。「調理場でお客さんの声を聞きながら仕事ができるのが嬉しい」と言う本郷さんにとって武蔵はどんな存在なのかと尋ねると、少し悩んでこう答えてくださいました。

「寝ても覚めても店のことを考えているし、100%僕と一体化しているような感じですが、改めて考えてみると、それは父や母のことを考えていると言えるかもしれません。武蔵のおもてなしはふたりが作ってきたものですから」

そんな本郷さんが目指すのは“できるだけ変わらないこと”だそう。

「父の代からお世話になっている旦過市場の野菜屋さんをはじめ、お肉屋さん、魚屋さん、酒屋さんには本当に助けられています。信用できるいい人に出会えたことで、いいものを適正な価格でお出しできる。僕ひとりだと10点くらいしかないけど、皆さんから20点ずついただいてやっと100点になる。そうでないとここまでやってこられなかったと思います」

そうやって変わらずに守り続けてきた武蔵をいいと言ってくれ、リピートしてくれるお客様にもまた、恵まれているといいます。

「北九州の人って最初はとっつきにくいけど、少しすると心を開くみたいなところがあるじゃないですか。カウンターに出張で来たお客様なんかがいると、常連さんは最初敬遠するんですけど、30分くらいしてちょっと言葉を交わすと、そのあとはどんどん打ち解けて、一緒に飲むみたいなことがあるんです。そんな小倉らしいやりとりを、外から来た人も気に入ってもらえることも多いんです」

時代の流れやお客の世代交代に合わせて、新しいことも取り入れないといけないとは思いながらも、「長い間たくさんの方にお世話になって、小倉のまちに育てられてきたからこそ、むしろ変わらずに、なるべくそのまま残して行きたいと思います」と本郷さん。まさに宮本武蔵のようにまっすぐに前を見つめています。

酒房 武蔵

「1日でも長く、みなさまに愛され続けるように。一歩ずつ前に進んでいきたい」
酒房 武蔵 本郷 尚義

酒房 武蔵
北九州市小倉北区魚町一丁目2-20
TEL:093-531-0634
営業時間:16:30〜LO21:45
定休日:日曜、祝日
HP:http://www.musashi634.jp/

取材/撮影:岩井紀子

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