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小倉まちなかコラム

料理人の人生の集大成。魂を込めて旦過青空市場で再出発。【お食事処 あらまき】

火災からの復興が進む旦過市場にまたひとつ、愛されてきた名店が帰ってきました。

プレハブ店舗が並ぶ「旦過青空市場」に6月23日にオープンしたのは店主・荒巻廣行さんと奥様の松美さんが営む「お食事処 あらまき」。2022年8月の火災から10ヶ月、さまざまな苦難を乗り越えての再出発となりました。

数々の賞を受賞した和食の匠が腕を振るう

▲店主の荒巻廣行さん
▲店主の荒巻廣行さん

キリリとした白衣姿で腕を振るう荒巻廣行さんは、長年、関西で修行を積んできた腕利きの料理人。地元の椎田(現在の築上町)を離れ、料理の道に進んだ時から「誰にも負けないような料理長になってやる」という高い目標を持ち、休憩時間も惜しんで勉強し、研鑽してきたという努力と根性の持ち主です。

鉄人と称された道場六三郎氏や神田川俊郎氏といった、名だたる料理人と肩を並べ、京都の老舗料亭をはじめ、有名ホテルの和食部門の料理長を歴任。優れた技術を持つ人を表彰する「なにわの名工」など、数々の賞も受賞した人物です。

大舞台で腕を振るってきた廣行さんの転機になったのは奥様・松美さんとの出会い。小倉の老舗ホテルの再生のために関西から料理人チームを率いてきたのが主人でした。私の実家が旦過市場の西村鮮魚店で、そこに魚を仕入れに来ていたのがきっかけで知り合いました」と松美さん。

運命的な出会いを経てふたりは結婚。その後も廣行さんは千葉のホテルなどで勤めていましたが、松美さんの父親が亡くなったのを機に、ふたりで鮮魚店を復活させようと旦過に帰ってきたといいます。

「主人は一生懸命鮮魚店の仕事をしてくれていたんですけど、やっぱり腕のある料理人ですから、料理をさせてあげたかったんですよね」と、松美さんは鮮魚店のそばに物件を見つけ店をオープンさせました。 2019年に開いた小さな料理店「お食事処 あらまき」は、市場で食べる新鮮な魚が評判の人気店となりました。なかでも「海鮮丼」は国内外からの旅行客に大人気。ランチタイムだけでも50〜60人が訪れ、連日行列ができるほど盛況だったといいます。

幾多の困難を乗り越えた、夫婦の絆

▲新しい「あらまき」も夫婦二人三脚で
▲新しい「あらまき」も夫婦二人三脚で

順調だったのも束の間、コロナの影響でそれまで通りに営業ができなくなっていたところに旦過の火事が店を襲いました。

「旦過での火事の一報を受け、現場の様子を見守っている最中に主人が息が苦しいって言い出して、救急搬送された病院で肺気胸と診断されたんです」

料理人にとって一心同体ともいえる店を失うことがどれほどのストレスだったかを物語っています。

▲店が燃えている時に緊急手術を受けていたという廣行さん
▲店が燃えている時に緊急手術を受けていたという廣行さん

火災の対応をする暇もなく、廣行さんの看病を続けていた松美さんの元に、さらに悪い知らせが飛び込んできます。

「知人から、火元があらまきだという噂が流れていると連絡が入ったんです。火事が起きた日、店は連休だったため火元であるはずもなく、デマだということはすぐに明らかになり、テレビなどでも伝えることができましたが、当時は考えられないことになったと大騒ぎでした」と松美さん。心ない中傷や風評被害に心を痛めながらも、廣行さんにはデマのことは告げずに看病したのだとか。「彼女は本当によく頑張ってくれた」と廣行さんもこの一年を振り返ります。

集大成として100%の料理を出したい

苦難の中、「お食事処 あらまき」の再開を後押ししたのは、火災を免れた鮮魚店に来てくれるお客の声だったといいます。

「全然知らないお客様が、『テレビ見たよ。大変だったね。ちゃんと応援しているからね』って何人も声をかけてくれるんです。常連さんも『お店の再開はいつ?』って尋ねてくれて。これはもう一回やらなきゃと思いました」

▲丁寧な仕事に愛情と魂が感じられる
▲丁寧な仕事に愛情と魂が感じられる

旦過市場の情緒や風情を愛していたふたりは、以前の店の近くでオープンさせたいと、旦過青空市場での再出発を決めました。

新しい店は以前と比べると半分以下の広さになったといいますが、廣行さんは「厨房の4人でお客様6人をおもてなしするから、100%の力で、100%おいしいものを出せる」と前向き。松美さんも「主人が無理せず、好きな料理をするにはここはちょうどよかった。またチャレンジできるのは嬉しくて、店ができた時は涙が出ました」を話します。

廣行さんの胸にはある思いがあったといいます。「年齢のことを考えると、夫婦ふたりでいつまでやれるかわからない。たくさん心配をかけたし、本当に彼女に助けられた。だから、残りの人生の集大成の場所にしたいと思いました。東京で店をやらないかという話もあったけれど、やっぱり旦過で、自分の力を出し切れる料理を、残りの人生はここで頑張ろうと思います」

店を手伝うふたりのスタッフと共に、再び夫婦で店をやれる幸せを噛み締めているといいます。

名物の海鮮丼も健在! 新鮮な魚を味わい尽くす

▲お昼の定食「海鮮丼」は今も一番人気
▲お昼の定食「海鮮丼」は今も一番人気

廣行さんの1日は、早朝3時に起きて市場に足を運び、その日揚がった魚を吟味することから始まります。北九州に来てすぐの頃は、せりの作法もわからず買い付けるのも一苦労だったといいますが、今では思い通りの仕入れができるようになったそう。さすが努力の人です。

▲旬の魚、食材が味わえる定食、単品メニュー

市場での買い付けの後は、魚の下ごしらえ、仕込みと丁寧に調理に向き合います。その間にも日替わりのお品書きの準備なども行い、ノンストップのまま開店へ。6席だけの店内はすぐに満席になり、行列ができることもしばしばです。

「やっぱり料理が好きなんよね、生きがいを感じるから頑張れる」と廣行さん。どんな思いで料理に向き合っているかを尋ねると、「魚も野菜も、ちゃんと向き合って、手を抜かず、愛情と魂を込めないといい料理はできません」

刺身、天麩羅、煮魚など8種類あるランチセットはもちろん、20種類を超える単品メニューにも、廣行さんの料理人としての魂が込められています。

▲カウンター越しに見える職人技に思わず見惚れてしまう
▲カウンター越しに見える職人技に思わず見惚れてしまう

「やると決めたらとことんやる。似たもの同士やね」と笑うふたり。パワフルで愛情深いご夫婦の姿をカウンター越しに眺めていると、料理を待つ時間もあっという間です。活気ある厨房の中では息もぴったり。連携プレーで、次々に料理ができ上がっていきます

▲店が変わってもお客が絶えないのは、料理に込める思いが伝わっているからこそ
▲店が変わってもお客が絶えないのは、料理に込める思いが伝わっているからこそ

メインの魚料理はもちろんのこと、定食に付く汁物や小鉢にまでしっかりと手をかけ、気を配っていることはひと口食べればわかります。小鉢のメニューを売ってほしいという要望があるというのも頷けます。

料理人としての長い経験と魂を込めた料理を、1人でも多くの人においしいと言ってもらうことが目下の目標。旦過で再出発できた幸せを噛み締めながら、元気にお客に向き合う荒巻夫妻の力強い姿が印象的でした。

「この店は人生の集大成。命をかけて走り切りたい」
お食事処 あらまき 荒巻 廣行

取材・文/写真:岩井紀子

お食事処 あらまき
北九州市小倉北区魚町4-2-25 旦過青空市場A-1
TEL:090-1958-8867
営業時間:10:30〜15:00/17:30〜21:00
定休日:水曜

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