黄金色に輝く一杯のビールに至福の時を感じる人も多いのではないでしょうか。かつては大手ビールメーカー一辺倒だったビールの世界は近年のクラフトビールブームで大きく変わり、国内には600を超える醸造所があるとも言われています。
クラフトビールの魅力はなんといってもその多様性。地域ならではの素材が使われていたり、作り手のこだわりで風味や香りもさまざまです。
醸造酒への興味からビールづくりの道へ
旦過市場の北側入口すぐの場所に店を構える「Brasserie SOMA(ブラッスリー ソーマ)」は、店内にビール醸造施設を持つ小倉で唯一のブルーパブ。フレッシュなビールとそれに合う料理でビール好きを楽しませてくれています。
店主の小尾 拓師(おび たくし)さんがビールづくりを始めたきっかけは、日本酒やワインの作り手との出会いにあったといいます。
「以前、酒類の販売やレストラン経営する会社に勤めていた時に、日本酒の蔵元さんやワイナリーの方と話す機会が多かったんです。なぜこんな作りをしているのか、こういう作りをすることでどう変わるのか、そういうお話を聞くのが楽しかった。酒税法改正などによってビール醸造に挑戦しやすくなったこともあって、徐々につくることに興味が湧いてきました」
ビールをつくること、それをその場で提供できること。その両方を兼ね備えた「ブルーパブ」と呼ばれる形態のお店をしたかったという小尾さん。 奥様の実家のある小倉をビールづくりの場所として選び、2020年12月に旦過市場に店をオープンさせました。
生産者の顔が見える地元素材をつかったクラフトビール
店の奥にある3つのタンクでは、毎回違う種類のビールが作られています。どんな風味で、どんな味わいのビールにしたいかを考え、設計図を作った上で仕込み、約1ヶ月かけて醸造していきます。 小尾さんがこだわっているのは、できるだけ地元で採れた素材を使うということ。取材したこの日のメニューボードには、小倉南区産の食米「夢つくし」や「シャインマスカット」などを使ったビールが並んでいました。
「発泡酒の魅力は素材になんでも使えるところだと思うんです。ほかのブルワリーでは、アスパラの煮汁やドクダミを使ったビールなんかもありますね。
僕の理想は、生産者と直接つながった素材でつくること。使ってみたい素材もいろいろとあるけど、まだ生産者とのコンタクトがとれずに実現できてないものも多いです。
ちなみに次の仕込みでは、平尾台のワイン畑でいただいたぶどうの皮や枝を使う予定です」
素材の味、風味をビールにできるだけ反映させることを心がけているそうです。
100%小倉産を目指して、自家製ホップの栽培にも挑戦
素材へのこだわりから、ビールには欠かせないホップ栽培にもチャレンジした小尾さん。しかも、ビールづくりで出た麦芽のカスを実家の牧場で育てている肉牛に食べさせ、牛糞で作った堆肥で土づくりをした畑で自家製ホップを栽培したのだそう。100%小倉産ホップのビールをこの冬初めて登場させました。「土がいいせいか、ホップのできも良好だったので、来年は畑の規模を大きくしていきたいですね」と意気みを語ってくれました。
循環型、地産地消のクラフトビールは小尾さんの理想と言えます。
とはいえ、ビールづくりは試行錯誤の連続だといいます。
「うちは小さなブルワリーなので醸造中のタンクの温度管理は直火。設備の整った醸造所だと、蒸気や電気を使ってコンピューター管理をしていますが、味をみながらひとつひとつ手作業でやっているので、イメージ通りのビールにもっていくのはむずかしいですね。
だからこそ、自分が思った通りに仕上がったときは嬉しいですし、それをお客さんもおいしいと言ってくれると『よかったな』と思いますね」
大火を逃れた復興チャリティビールで旦過を応援
2022年4月19日深夜旦過市場を襲った火災。店自体は奇跡的に大きな被害を免れましたが、火災の6時間前に仕込み終えていたタンクは、温度管理ができない状態が1週間続いたといいます。 すべて廃棄を覚悟しつつテイスティングしてみると「やはりアラがあって、あまりよくなかった。でも、もしかして、という思いでちょっと時間を置いて熟成させると、意外といい感じの香りになりました」
そうして店の再開後に「ふっこうAベルゴ」「ふっこう晩白柚ウィート」「ふっこうレモンサイダー」の3種類がチャリティビールとして提供され、売上の一部は旦過市場の復興義援金に寄付されました。
「旦過らしい」と呼ばれる、愛される店へ
旦過市場の中にこの店を開いた当初は「旦過市場らしくないね」と言われることは多かったそうですが、最近は「やっと来られた」と、この店を目指して訪れるお客様が多いそう。「ようやく『旦過の店』という印象がついてきた。これからはもっと旦過らしい店になれたら嬉しいですね」と小尾さん。
ランチタイムは買い物途中に名物のそば粉のガレットを楽しむご婦人で、夜は仕事帰りの一杯を求める人で賑わっています。
▲フライパンで焼き上げるガレットは、外はカリッと中はモチッとした食感。ヘルシーなルークスサラダ
醸造酒を楽しんでもらうことがコンセプトのBrasserie SOMA。小尾さんの作るビールのほかにも、小尾さん夫婦おすすめのニュージーランド産ワインや日本酒も。ほかの店ではちょっと見ることのないセレクトの醸造酒との出会いも楽しみのひとつです。
「醸造酒はおつまみやお料理と一緒にと合わせて楽しめるのが魅力なので、お酒に合う料理をジャンルにこだわらず提供しています。お酒を主役にいろんな楽しみ方をしてほしいですね」
今後はビールの種類を増やし、いずれは瓶詰めにして持ち帰りや通販にもチャレンジしたいという。
「ビールづくりは細かい作業の積み重ね。僕はひとつひとつの過程をどれだけ丁寧にしていくかが大切だと思っています」 店名の「SOMA」は古代サンスクリット語で「栄養と活力を与える神々の飲み物」という意味。飲んだ人の明日への活力になるようなビールづくりを目指す小尾さんが次にどんなビールを飲ませてくれるのか、楽しみです。
「ひとつひとつの工程に真摯に向き合うことを大切にしていきたい」
Brasserie SOMA 小尾 拓師
取材/撮影:岩井紀子
Brasserie SOMA
北九州市小倉北区魚町4丁目2-22
TEL:050-1224-5441
営業時間:11:30〜LO14:00/18:00〜フードLO22:00(木曜のランチ営業はお休み)
定休日:日、月曜日
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